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『魔法飛行』
mahouhikou.jpg



「信じたい人間だけが、信じればいいのさ。ほかのやつの言うことなんて、気にすることないんだ」
 その口調に、私ははっとした。彼もまた、何かを信じるために決して小さくはない代償を支払っている一人なのだ、と思った。世の人はどうして、罪のない夢想家や風変わりな魂を、放っておいてはくれないのだろう? そっとしておいてくれさえすれば、彼らはきっと幸福でいられるのに。(加納朋子『魔法飛行』。以下イタリック体はこれより引用)



創価学会の内部に、アンチの格好の餌になるような、
清らかならざるものがあるのはわかる。
僕は認めてもいい。


だけど、なんの罪もない末端の学会員に
それを教えてなんになるのだろう。
したり顔で信濃町の内部を漏らす者が、
仏の心を持っているのだろうか。
末端に漏らす行為をした時点で、
その幹部は幹部たる自覚も資格も失っていると思う。
信仰のなんたるかすらわかっていないのではないか。


現実を暴いて幸福になれるなら良い。どんどん暴けばいい。
ところが暴けば暴くほど、人の心は貧しくなっていく側面もある。
だまって見なかったことにするって出来ないのかな…。


「『馬鹿じゃないの、あなたたち。あれは蛾が交尾してるのよ』ってね」


なにもかもを知ってしまうことが必ずしも幸福じゃないはずだ。
何か日常を超えた不思議を信じてほしいという気持ちや、
何か非現実的なことを信じさせてもらいたいという気持ちを、
否定することはないんじゃないか。


御本尊の功徳だって「ある」と言ったっていい。
プラシーボ効果だ、脳内ホルモンの作用だ、と
暴いたところで、本当に幸せになれるのだろうか。


そんなことを言うと「お前ら学会員はどうなんだよ」と言われる。
だから少なくとも僕は、たとえば、
誰かがお地蔵さんに手をあわせる行為を蔑まない。
念仏申す行為を蔑まない。
なにかを信じることで、幸福でいられるのならば、
僕はそっとしておいてあげればいいと思う。


茜さんの気持ちが僕にはわかるのだけれども…。


…と、三章まで読み、ここまで書いて、
それから最後まで読んだら…なにも言えなくなった(^^;
魔法は届くね、やっぱ(笑)。


私がときおり見る夢。あれは決して『脱出』の夢ではない。こそこそ逃げだそうとしているのではなく、これからどこかへ行こうとしているのではないだろうか? そうだ、あれは『出発』の夢なんだ。


えーっと、こういう小説は、
俺ごときがくどくど書いても駄目だな…いいから読め!(ぉぃ


「そう、君は鈴の音を聞いてしまった。だから諦めるのはまだ早いんだ。違うかい?」


犬のメメさんも読むこと! 僕からの宿題だ。
そして読んだ人はコメント欄に何か書くこと(ぉぃ
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【2006/07/13 23:40 】 | オススメの本とか | コメント(17) | トラックバック(0) | page top↑
『この人を見よ』
僕は今、ニーチェ『この人を見よ』を読み終えて、
一人で勝手にエキサイトしている(笑)。


道徳の定義、道徳とは----生に復習しようとする底意をもち----そしてそれに成功したデカダンたちの病的性癖である。(ニーチェ「この人を見よ」より)


かつてアンチは、弱い者をさらに弱くするのが、
創価学会であると言った。だから悪であると。
犀の角となり一人強く歩むべきである、と。


なるほど、学会にそういう側面はあるかもしれぬと思い、
かつての僕は、創価学会が人を弱くするのなら、
そうではない強い哲学を唱える者であるアンチとして
存在しようと思ったわけだ。
ところが、実はこれは間違いであり、僕は勘違いしていた。
アンチは弱さの哲学を唱える者であり、
その弱さゆえに創価学会を否定し、
強き者を味方につけるための方便として、
「創価学会は弱い者をさらに弱くする」
という、ウソをついていたわけだ。


僕はどのポジションにいたとしても、
人間は強く生きようとするべきだと思っている。
僕は生の哲学を持ち、現実から離れない、
生き生きとしたディオニュソスでありたい。
理想主義や道徳主義はくそくらえだ。


もしアンチが、ニーチェのように宗教を否定し続け、
高みへ登る哲学を示し続けていたのであれば、
きっと僕はアンチのままでいたのだろうと思う。
弱さを肯定し、より高みへ登る強さを放棄した時点で、
アンチは創価学会に敗北したのだ。
アンチのご立派なお説教は、
すべてデカダンから発するものであり、
ルサンチマンであったことを告白したのである。


アンチが創価学会を教会の権威とみなし、
ツァラトゥストラであり続けたのなら、
僕はアンチを否定し攻撃することはなかったろう。
「我らこそが高みに登る者だ」
アンチにはそう言い続けて欲しかった。
高みに登ることを然りと言い続けていたならば、
僕も彼らとともに歩み続けられたのではないか。


もし弱さの哲学を肯定するくらいならば、
百歩譲って口先だけだとしても創価学会の方がマシなのだ。
学会員の方がよっぽど強く生きようと努力している。
今やアンチは弱さのぬるま湯に浸かって、
傷を舐めあってるだけではないか。
傷つくことを恐れるあまり、生の本能を捨て、
いわゆる仏教の権威を借り、弱さを正当化する。
心を閉じて殻に閉じこもり、
今ある大切な生をないがしろにしてる。
すなわち生命力を自ら捨てているのだ。


善人という概念においては、すべての弱者、病人、出来そこない、自分自身を悩みとしている者、つまり破滅してしかるべき一切のものが、支持され、----淘汰の法則がはばまれ、誇りに充ちた出来のよい人間、肯定する人間、未来を確信し、未来を保証する人間に対する否定が、理想として祭りあげられ----そういう立派な人間がいまや悪人と呼ばれることになる……しかもこれらのこと一切が道徳として信奉されたのだ!----このけがらわしいものを踏みくだけ!----(ニーチェ「この人を見よ」より)


いいなぁ。うっとり…(笑)。
【2006/07/10 18:00 】 | オススメの本とか | コメント(25) | トラックバック(0) | page top↑
『いわゆるA級戦犯』
小林よしのり『いわゆるA級戦犯』を読んだ。
まあ、靖国神社は一宗教法人に過ぎないし、
靖国神社の「分祀」の解釈を、現代において、
靖国神社の外部に通用させるには
無理があるだろうとは思う。
小林よしのりの靖国神社観、神道観に関しては、
諸手を挙げて賛成するわけじゃないけれど、
日本のため、アジアのために戦った
先人を尊敬する気持ちは理解出来る。
言っとくけど、
僕は小林よしのり信者じゃないからね(笑)。


僕はいわゆる東京裁判に対して、
徹底的に調べようなんてことはないけれど、
興味を持ち続けてはいるので、
いわゆるA級戦犯のプロフィールを
わかりやすく再確認出来ておもしろかった。
あの戦争や戦前戦後のこと、
プロパガンダというもの、
アメリカという国、
日本という国、
アジアと欧米、
一国のリーダーのありかた、
日本のこれからのありかた、
そして宗教というもの…。
そんなことを考えるためのきっかけとして、
『いわゆるA級戦犯』はオススメです。


東条英機って、ものすごく評判が悪いけれど、
やっぱり同情する面は大きい。
官僚は官僚だったのだろうけど、最後には
覚悟を持って使命をまっとうしたと言えないだろうか。
広田弘毅なんて、とばっちり受けただけじゃないか。
気の毒としか言いようがないよ。


そういや、NHK大河ドラマ『山河燃ゆ』の原作である
山崎豊子『二つの祖国』を読んでみるのもいいよ。
これは「二世」ということを考えさせられる。
アメリカに渡った日系二世三世の戦時中の苦労、
東京裁判の欺瞞、そして原爆。
苦しむのはいつの時代も末端…。
もちろん小説だけれど、オススメです。


さらにそういや、この『東京裁判』っていうDVDを観て、
A級戦犯として裁かれる被告の面々の素顔を見ながら、
素直に「立派だよなぁ」って思ったりもした。
そうそう、大川周明の、東条の禿頭ペチンも映ってるよ(笑)。


僕自身も、一度は国粋主義的に揺れたけど、
現実的には、今はもうアメリカ51番目の州に
なるしかないんじゃないか、なんて思ってる。
ポチだけど、ポチのまま朽ち、朽ちたら、
そうなったときに考えるしかないんじゃないかと。


日本の立派な精神は、アメリカによってもう既に、
100年かけて壊されちゃったんじゃないか。
僕の中に、立派な日本人はもう居ないんじゃないか。
アメリカ流の浅はかな個人主義はいるけれど。
それはみんなも同じじゃないか。


たとえば、政治のフィールドだけに限らず、
経済のフィールドにも、文化のフィールドにも、
「日本人の誇り」を持ったリーダーは
もう一人もいないのではないか。


明治の志士にも、いわゆるA級戦犯にも、
戦後のモーレツ世代にも、
申し訳が立たないけれども、
僕らは性根までアメリカ流に腐ってる。
命をかけて守るべきものも、
蹂躙されて怒りを感じることも、
僕らは失ってしまったんじゃないか。


守るべきものを取り戻せ!なんて、
言えないよ、もう。
地域社会だって、家族だって、
もう壊れちまってるんだ。


…創価学会くらいしか残ってないんじゃないか?
なーんんてね(笑)。
【2006/07/06 14:22 】 | オススメの本とか | コメント(17) | トラックバック(0) | page top↑
橋本治『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』より
橋本治『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』をヒントに、
俺流に、無理矢理、宗教や創価学会と結びつけてみる。


さて、我々はeconomyというismの支配する
世界に生まれた二世なんですよ。
橋本治風に言えば、宗教の正体はismですから、
エコノミズムとでも言えるかもしれない。


当人が望む望まないは関係なく、僕らは、
「未来への展望」を信じざるを得ないわけです。
世界経済の現状が行き詰まってるのはわかってる。
これは真実です。
世界の経済というものは、
世界が閉じている以上、もう頭打ちなんですね。
でも、それにみんなが気づいたとき、きっと経済は崩壊する。


経済が崩壊すると、どんな混沌がくるかわからない。
だから、現状の経済を無理矢理飛ばし続けるしかない。
金融屋は無理矢理にでも商品を作って飛ばし続ける。
フロンティアのないところに、無理矢理フロンティアをひねり出す。
ヘッジファンドの類は錬金術とも言えるんじゃないすか。


エコノミズムの信者である僕らは、
わかっていてもわからないふりをしなくちゃなんない。
空気を読まなくちゃいけないわけです。
真実を口にするものには、みんなで罰を当てます。
ウソつきに仕立て上げたりして制裁を加えるわけ。
みんな、この秩序を守りたいから。
秩序が守られている方がマシだと考えているから。


こんな「勝ち組」「負け組」という
残酷な二分法の世界に生きながらえるなら、
エコノミズムの信者である
エコノミストになるしかないわけです。
つまり投資家ですね。


それが出来ないと「退転者」となり、
手痛い罰を受けることになります。
エコノミズムの支配する世界に生きている以上、
逃げ場はどこにもありません。


あるとすれば、お金以外の価値観を提供してくれる
カルト宗教くらいなものでしょう。
現実との線引きをしたら仏教でさえカルトです。
それとも山奥に住んで自給自足しますか?


ちなみに創価学会というのも、
エコノミズムという世界宗教の
出先機関だと思えばよろしい。
創価学会は、お金というものを聖域とせず、
教義に組み込んでいるように思います。
それゆえに、現実的な宗教と言えるわけです。


価値を創造する…つまり、錬金術ってこってす。
創価学会のビジネスモデルは確立しているのだから、
まあつまりいわゆる「勝ち組」ですね。
「勝ち組」はエコノミズムの支配するこの世界に置いては、
正しいってことになるわけですよ。


21世紀の現代において、エコノミズムの一端を担えない、
純粋な「宗教」というものは「カルト」と名づけられ、
20世紀中に既に駆逐されたわけです。
【2005/12/12 16:12 】 | オススメの本とか | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
美少女戦士セーラームーンR
ちょっと最近は、オタク属性を取り戻そうと思ってね。
昔観て、泣いた記憶のあるセーラームーンRの映画
TSUTAYAで借りてきた。


以前、人に薦められてられて観たわけだけれども、
何度観ても泣けるね。
いやぁ、久しぶりに泣いた。


「孤独」って本当は誰もが経験していること。
そしてそれを「甘え」に堕することなく、
どうやって克服するかが大切なんだ。
うさぎ以外のセーラー戦士4人の思い出のカットインは、
涙なしには観れないよ。
いいから観ろ。そして泣け。
しかし、もう12年も前の映画なんだね…。


観てgizmoさんと共感しよう(笑)。
俺は、フィオレとアンチがかぶるんだ。
【2005/10/29 22:06 】 | オススメの本とか | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
ウエンディの贈り物
押し入れの奥から引っ張り出してきて、
花井愛子『ウエンディの贈り物』を読みました。


はじめて読んだのは高校生の時でした。
当時少女小説が好きでしてねぇ。
夢の世界というか、乙女チックというか、
そういうのに触れて「ええもんじゃのぉ」と、
悦に浸る変態男子高校生だったわけです。


講談社X文庫の小説は、たいてい、
恋に焦がれる女の子が主人公で、
あこがれの男の子が出てきて、
ハッピーエンドっていうお約束なのですが、
この『ウエンディの贈り物』は、珍しく男の子が主人公。


アクセサリーがわりに女の子とつきあっているような、
モテモテの大学生で金持ちのボンボンの主人公ユキヒコが、
自立したオトナの女性、真澄さんと出会い、
そして突然の別れを経験し、自分がいかに子供であったか、
相手と真剣に向き合っていなかったかを強く自覚し、
成長するってなお話なんですがね。
(こう書くとつまんなそー(笑))


少女小説という枠があるから、
物語がちょっと駆け足だし、
読点だらけなんだけれども(苦笑)、
ええ話なんですわ。


こういうのは、ダイジェストで引用したほうが、
雰囲気をわかってもらえたりするんだよな。
まあいいや、長くても…たとえば、真澄とユキヒコが言い争う場面。
以下引用。


「真澄が、言うほど。殊勝なオンナばかりじゃ、ないぜ。いや、むしろ、相手の都合、まったくムシの、身勝手人間のほうが、大多数なんじゃないか?」
「ユキヒコの出会った女性たちが、事実、そうだったとしたら。なおさら、責任は、ユキヒコって男のコに、あると思う」
 真澄は、ビシッと、言ってのけた。
「ボクに!? 責任!? なぜ」
 さすがに、ボクは、頭に血が、昇った。
「ボクの、なにが!? どうして、いけないんだよっ」
「自己主張、しなかったんじゃないの?」
「自己主張って!?」
「好きなコトは、好き。嫌いなコトは、嫌い。はっきり、口にして来た? 態度に出して来た? お互いに、理解し合うために、エネルギーを使って来た?」
「それは……」
「いいじゃないか、別に! とか、言う気でしょ。違う!?」
「………」
 図星、だった。
「いくじなし、なのよ。カラダで、ぶつかるのが、怖かったり、めんどくさかったり。だから、頭の中だけで、ちょっと考えて。ううん、考えるヒトは、まだ、マシかもしんない。考えもせず、ただ、逃げるんだわ。ひきょう者よね」
「ひきょう!?」
「違う!? 女のコと、いちどでも本気で、真剣に、つきあってみたこと、あるの!? 傷つけ合いに近いケンカ、したこと、あるの!?」
「そんなの……、ないけど。オンナなんかと、マジで話すなんて、時間と労力のムダ……」
「やってみたことも、ないくせに、どうして断言できるのよ」



以上引用終わり。
ってなカンジ(笑)。
ちなみに、読み返してみて、俺も今、
真澄さんみたいなこと言ってるなぁ、と思うわけです。
また、俺の心の中の真澄さんに叱られてるなぁ、とも。


gizmoさんに興味のある人は、
古本屋で探して、読んでみてください。
ブックオフで100円くらいで売ってます。
いや、ホントええですよ。
ウエンディの意味、わかる。


知ってる人いるかなぁ?
いねぇだろうなぁ…。
【2005/10/28 09:00 】 | オススメの本とか | コメント(8) | トラックバック(0) | page top↑
斉藤孝っていう学者
斉藤孝という学者がちょっといいなぁ、って思ってる
(テレビにも出てるらしいんだけど、知ってる?(汗))。
先日、書店で児童書コーナーを見てるとき(書店ではいろいろ見るんだ)、
「斉藤孝のガツンと一発シリーズ」ってのが目に入ってね。
立ち読みしたら、良い内容でさ。買っちまったわけさ。


買ったのは、三冊。


・第3巻『そんな友達なら、いなくたっていいじゃないか!』


・第4巻『頭がよくなる必殺! 読書術』



・第6巻『心をきたえる痛快! 言いわけ禁止塾』



一冊1000円で結構高いけど、オススメです。
子供がいるならぜひ読ませて欲しいって思う。
俺は子供が出来たら読ませる(笑)。


ちなみに斉藤孝のメッセージ

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~saito/message.html

そうそう。こういうの、全部大事なんだよねぇ…。
まあ完璧に全部は身に付かないんだけどさ、がんばりたいよね。
【2005/10/18 11:03 】 | オススメの本とか | コメント(3) | トラックバック(0) | page top↑
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