スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】 | スポンサー広告 | page top↑
「待つ」というアクション
主体的に物事を考え、己の行動を決めることが、
「アクションを起こす」ということだと思う。
そしてこの中には「待つ」ということも含まれる。
自分で考えた上で「待つ」ことを選択したのならば、
それこそがアクションに他ならない。


このアクションのことは、「忍耐」とも「辛抱」とも言える。
がむしゃらに猪突猛進するだけがアクションではない。
そのへんがわからないと、おかしな人になってしまうのだ。
ときに「忍耐」や「辛抱」を選ぶこともアクションなのである。
スポンサーサイト
【2007/11/29 17:14 】 | 未分類 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
走ってるんだから
苦しみながら必死で走っているときに、
「足を止まればラクになるよ」
「止まっても誰も悪く言わないよ」
なんて言葉は悪魔の囁きだと思う。


生きることはマラソンに似ている。
法華は「頑張れ!」という激励。
念仏は「もう十分だ」という慰め。
走ることを諦めてしまったら、
決してゴールにはたどり着けない。


既に負けてリタイヤした者は、なぐさめあう仲間が欲しい。
だから、君に「もう十分だよ」なんて言ってリタイヤを誘う。
負け癖のついた者の言葉に、
耳を傾ければ自分まで引きずられる。
敗者の恨み節なんて聞く必要はない。


なんのために走るのか。
それは全て自分のため。
誰かのためなんかじゃない。


僕だって走っている。
だから、必死で走っている人の味方でありたい。
これからも僕は「頑張れ!」って言い続ける。
【2007/11/26 09:27 】 | 未分類 | コメント(8) | トラックバック(0) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。