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強く生きよう
アンチが創価学会をはじめ、全ての宗教団体を否定する論拠として、
「弱い人間を、余計に弱くしてしまうのが宗教団体だ」
というものがあった。
では果たして、今のアンチ創価学会グループが、
弱い人間がやがて心が強くなるような思想を提供してるだろうか?


僕はそうは思わない。
アンチは「弱くてもいいんだよ」「負けてもいいんだよ」という考え方、
さらに言えば「負ける人間がいるから勝つ人間がいる」などという、
ある意味、敗者肯定の開き直り的な論を展開する。
これは、読んだ人に「自分は弱くてもいいんだ」と思わししめる
カルト思想に他ならないと僕は思うが、どうか?


宗教が、弱い人間を余計に弱くするものであるのならば、
そんなものは要らないというのは僕もアンチも同じだろう。
だったら、自立に向かわしめるために、強い模範を示すものこそ、
宗教の意義を果たすものではないか。


創価学会は「強くなれ」「自立せよ」というメッセージを
発信し続けていると僕は思う。
うがった見方をしなければ、そう解釈出来るはずだ。
しかしながら、創価学会がいくらそう叫んでも、弱い人が存在する。
だから、弱い人の受け皿として活動家組織が存在する。
それだけのことだ。


活動を通して自分が一人で歩けるようになれば、やがて
「仕事が忙しくなってきて責任が果たせない」
「そのかわり社会で実証を示す」
などと言って、活動家組織と距離を取るものだ。
そんな学会員は山ほど居る。


もちろん、やりたい人はずっと活動をやっている。
そんな人は、心が弱い人を支えたいという気持ちの強い人だろう。
創価学会の活動をするのも自由、しないのも自由だ。


弱い人間が強くなろうと努力している人間の集まりなのだから、
おかしな人が活動家に多いということは自然なことだ。
そして、そんな大部分が弱い者の組織の中にも、
弱い者をフォローしようとする人が居る。
もしくは弱い者同士が助け合い支え合う。


アンチはこの助け合いや支え合いを覚醒剤になぞらえて中傷するが、
このような助け合いや支え合いを通して、
人は成長するものではないかと思う。


組織内での助け合いを肯定した上で、
それでも創価学会の本意は、あくまでも、
「人間革命をして、頼るべき組織など必要としない強い人間となれ」
であると僕は思う。間違ってますかね?
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【2006/01/31 07:16 】 | 未分類 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
--パチパチ--
そうだそうだ、そのとおり

人間革命したら、組織なんて必要なくなるんや~
最終的には宗教も必要なくなるんかなあ~。
by:三九郎 | URL | #-【2006/01/31 09:26】 [ 編集] | page top↑
--わお。--
そうですか、三九郎さんも
パチパチですか。
嬉しいなあ。。。。

まいった、やられた、
ちょっと泣いちゃった。

会って抱きしめたくなっちゃったよ。

by:photochika | URL | #-【2006/02/01 01:22】 [ 編集] | page top↑
--きゃーー--
ひゃー抱き締めて~~~
by:三九郎 | URL | #-【2006/02/01 09:14】 [ 編集] | page top↑
--gizmoさんへ--
こんばんわ(^_^)
「自行化他」。
ここを考えてみると良いと思います。

それと、今年の・・・
「SGI提言」。
これを読んでみてください。
なにか感じるところがあると思います。
1月25日、26日付けの聖教に掲載されています。

それでは、また(^_^)
by:ヤマト | URL | #fb7xNeB2【2006/02/03 01:48】 [ 編集] | page top↑
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