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いいじゃん「創価家族」。
創価学会内部でよく言われている、内部外部という言い方は、
つまり、価値観を共有できる人であるか、できない人であるかの、
差別に過ぎないんだよなぁ。
これもまた創価学会内部で「創価家族」とよくいうけれど、
学会員同士っていうのは、ひとつの家族みたいなもんでさ。
家族以外の人間と差別して、家族をひいきするのは普通でしょ。
差別って言っても悪いことじゃないんです。
まあファミリーなんですよね。
ファミリーっていうとマフィアを連想しちゃうけど(笑)。
まあ冗談はおいておいて。


家族ではいろんな役割の人が居てさ。
それでかまわないわけですよ。
外で稼いでくるお兄ちゃんとか、
家族を優しく癒すお姉ちゃんとか、
厳しく家計を守るお母さんとかね。
いわゆる活動家っていうのは、
池田大作名誉会長という「お父さん」を尊敬していて、
お父さんの仕事の跡を継ぐとか、
お父さんの仕事に協力する役割を担いたいと、
思ってる人が志願してやってるわけでしょ。


お父さんを尊敬していても「創価家族」の一員だし、
お父さんに反抗していても「創価家族」の一員なわけだ。
アンチは「全体主義だ」「北朝鮮だ」と煽るけど、
けっこう連帯はゆるいと思うぜ。


いいんじゃない?
だって、現代日本において「家族」ってもの自体が崩壊してるんだから。
日本の若者がおかしな事件を起こすのも、道徳がなってないのも、
「家族」による道徳教育が不十分だからだという意見もあるくらいでさ。
だいたい、まともな「家族」でまともな「家庭教育」を受けたと、
自信を持って言えるヤツってなかなかいないんじゃないかなぁ。
「創価家族」があるだけマシでしょうよ。


未来部、いいじゃん。
若くて使命に燃えるお兄さんお姉さんがやってきて、
こうしようねああしようね、こうしちゃいけないよああしちゃいけないよ、
そうやって倫理を教えてくれる機関と考えれば、
なんにもないよりマシだよ。
何かに挑戦して、自分自身を鍛えよう、強くしようと、
指導されてりゃそれでいいんじゃん?
池田名誉会長という「お父さん」を尊敬しようという教育だって
別に悪くないんじゃないの?
幼少時から、信仰を根幹とした道徳を叩き込んでおこうぜ。
悪いいたずらでもしたら、御本尊の前に座らせて、
懺悔の唱題をさせるくらいでちょうどいい。
幼少時からぬるい教育されてると、大人になってから、
「社会が悪い環境が悪い」と人のせいするようになるぜ。
幼少時のうちに世間の理不尽さを教えておいた方が、
その子のためなんじゃないか?
親子は友達関係じゃないんだから、
親は嫌われるくらいでちょうどいいんじゃないかね。


たとえそういう教育したって反抗するヤツは反抗するし、
従順なヤツは従順だろうよ。
ただ、大人に厳しくしつけられなかった者や、
兄弟の間でもまれなかった者は、
わがままなまま大人になるような気が、俺はする。
少子化が進んで、一人っ子が当たり前の時代、
たまの休日に未来部で刺激を受けるのは悪いことじゃないだろう。


また、日本がおかしくなってきたのは、家庭も学校も崩壊して、
立派な大人が規範を示せなくなったせいだとか言われるれど、
池田大作名誉会長という「立派な大人」の
手本を示せればいいんじゃないかね。
そのために聖教新聞を使って内部へのプロパガンダするなら、
別に目くじら立てることもあるまい。
池田名誉会長というのは創価学会の機関の一つですよ。
「みなさんのおかげです。みなさんがもらった勲章です」
くらいのことは池田名誉会長は言うしさ。
いいじゃん。いっぱい勲章。いっぱい名誉市民。


その上で自分の子供に、
「池田先生に顔向け出来ないことはするなよ」
と教育するのは、「戒」みたいなもんでしょう? 
モデルとしては、仏教に叶ってるじゃん。
要は当人に悪いことさせないための方便なんだから。


日本から宗教的な道徳心が失われたとも言うけれど、
御本尊の前で、なにかを誓ったり反省したりする学会員は多いよ。
それでいいんじゃないの?
無宗教を標榜する、なんの戒も持たない、
よくわからん無原則な人よりは全然信用に値すると思うけどな。
また、わざわざ自分にマインドコントロールかけ直して、
別の本尊に乗り換えなくてもいいと思うぜ。
南無妙法蓮華経で充分です。


インテリは日本を憂うけれど、
問題を解決する説得力のある具体案は示さないよね。
だったら、創価学会にまかせておけばいいんじゃない?


若者が所属している青年部だって、
青年部として「学会の看板を背負う」という意識があるだけでも、
悪いことをしでかす心理的な抑止力になるかもしれないよ。
おかしなことをして「ほら、あの人、学会員だから」と、
世間の人から言われないように気をつけるだけで。


僕が見てきた青年部活動家の実態は、
そんなにほめられたもんじゃないけれど、
青年部に所属していながら活動に熱心じゃない人ってのは、
組織と距離を取っているだけに、
組織に迷惑をかけまいとなおさら気をつけるんじゃないかな。


活動家におかしな人が多いというのは事実だけど、
そんな人は活動したってしなくたっておかしなことはするよ。
おかしなことを考える時間を、活動に消費させられてて、
社会の秩序を保つために役立ってるんじゃない?


そんな風に考えると、創価学会ってバカにしたもんじゃないと思うし、
良いところはいっぱいあるわけですよ。
一つの面だけ見て、さも知った顔で批判出来るほど、
創価学会って底が浅いもんじゃないと思うですよ。
一つの国家にも相当する、立派なシステムです。


こんなによくできたシステムよりも良いシステムを提案し、
構築することなんて、ちょっと俺には出来ないな。
批判する人はそこまで勘案して批判しないとトンチンカンになるよね。
だから、創価学会を批判することはものすごい覚悟がいるんですよ。
わかってると思うけど。
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【2006/02/09 18:53 】 | 未分類 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
<<期待はしちゃうもん | ホーム | 別に日蓮もどうでもいいけどね>>
コメント
--いや、今日は疲れた。。。--
「区別」というのはどうでしょうか?
。。。。
ダメだ、今夜は。。。
疲れたあ、頭が働かないv-39
by:photochika | URL | #-【2006/02/11 00:53】 [ 編集] | page top↑
--きちんと読み直しました--
>いいじゃん。いっぱい勲章。いっぱい名誉市民。

私も名誉市民のひとつでもいただけるような
仕事をしたいですよ。本気で。

「よっしゃ、いっちょ貰ったるかっ!」って
そのくらいの気概をもってやっていこうぜよ、若者!

って、そういうことだと思うんだ。。。
by:photochika | URL | #-【2006/02/11 01:19】 [ 編集] | page top↑
--長文ですみません(^^;--
>「よっしゃ、いっちょ貰ったるかっ!」って
>そのくらいの気概をもってやっていこうぜよ、若者!


そうそう。その意気だ!って感じですよね。
その方が得ですよ。


ツッコミどころを探したり、揚げ足取りをするために、
聖教新聞を読むなんてのは特殊な読み方でして、
「やる気」とか「勇気」とか、そういうものを、
沸き立たせるために読まなきゃ意味ないと思うんだなぁ。


どんなものを読む時もそうだけれど、
「この読み物から、自分がなにを得よう、学ぼう」
ということを意識せずに読むなら、
時間の無駄だよなあと思うのです。
by:gizmo | URL | #-【2006/02/13 19:48】 [ 編集] | page top↑
--変な書き方してしもうて--
gizmoさん、ごめんしゃい。
長文オーケイですよ、大好き長いの!

仕事で疲れちまっていたのでした。。。
芸術系の肉体労働なもので^^;。
最近、ホントに身体がきつくてのお。。。

これからもガンガン書いてくださいね。
元気もらっています、いつもありがとう!!v-207
by:photochika | URL | #-【2006/02/13 21:30】 [ 編集] | page top↑
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