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悪の自覚
自分の中の悪を滅することが大切なのではなくて、
自分の中の悪を自覚することが大切な気がする。
御本尊を眺めたときに、鬼子母神も提婆達多も見ることが出来る。
僕らは御本尊を自分に見立てて拝むわけだけど、
なぜ御本尊の中に鬼子母神や提婆達多が描かれているのかといえば、
自分の中に棲む鬼子母神や提婆達多を知るためと言ってもいい。


完全に善である人なんていないし、完全に悪である人なんていない。
それを知れば、誰かを一方的に悪と決めつけることは出来ないはずだ。


だけれども、言葉は便宜的に決めつけをする。
この「便宜上」ということをわからないと、
言葉だけを表面的にとらえてしまうこととなる。
学会が「文底」を強調するのはそういう意味だと僕は思う。


自分の中の悪を自覚することなく、
優等生ぶってきれい事を言ってる人を見るとムカっとする。
このムカっとする悪しき心も自覚しなければならないが(笑)。


誰かの悪を指摘する際、自分だけ良い子ちゃんでいるなんて
アンフェアで卑怯だと思う。
敢えて汚い言葉を吐き、自分の価値も落とすくらいで
やっとフェアじゃないかな。
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【2006/04/02 09:55 】 | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
--gizmoさんへ--
十界互具ですね(^o^)丿

仏性が備わっているという話し方をする場合が多いですけどね。
by:ヤマト | URL | #fb7xNeB2【2006/04/02 11:33】 [ 編集] | page top↑
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