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あるがままに
「災難に遭ふ時節には災難に遭ふがよく候、死ぬる時節には 死ぬがよく候、それが災難をのがるる妙法にて候」と良寛さんも言っている。


学会員として生まれたなら、学会員として生きるがよき候ってこっちゃ。
学会員は学会員として生きればそれでよろしい。
学会の家に生まれたことを呪うより、
あるがままを肯定すればいいじゃないか。
自信を持っていい。
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【2006/04/09 12:26 】 | 未分類 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
--十づつとををももとしりなば(10×10=100)--
「散る桜」からでも良寛さん調べられましたでしょうか。

いやgizmoさんだとご存知だったでしょうか。文言の確認レベルは別として。


良寛さんは、禅を愛するものの多くの人が敬慕しているんじゃないかな。

ああなりたいって。乞食僧になって子どもと遊びたいってんじゃなくて心境として。

何にも惑わされず無心にアホなくらいに没頭する。

何でも「自分のものだ」なんて本当に真理の顕現みたいなことを平気でいう。

所有するというのではなくて、知った時、見た見えた時から、物事って自分のものになるんですよね。すべて。他人事じゃない、というか。それにどう自分を向かい合わせるか、それが肝要。という大切で基本的な姿勢を教えてくれています。


裏を見せ表を見せて散るモミヂ

これも「散る桜」とともに辞世の句といわれています。


貞心尼との話や相聞歌は、これまたウキウキと楽しい。

http://www2.tokai.or.jp/mm/teishin.html
by:歩 | URL | #NJs7.fVo【2006/04/09 21:36】 [ 編集] | page top↑
--そのままでいいんじゃないすかね--
自分と他(他人や環境)との垣根をなくしていくことも、仏道だと思うんですね。
だとするなら、
「あいつは贅沢してる」とか、「あいつは楽をしてる」とか、
そんな風に思うことからしてちょっと道を外れているような気がします。
そこから発展して、
「自分はこんなに不幸だ」とか、「こんなに傷つけられた」とか、
そういう風に思うことも、ちょっと道を外れているような気がします。

子供にからかわれた良寛さんが、悔しい気持ちをもったのか。
彼はきっと身をもって仏道を示した(その意識はなかったろうけど)と思うし、
たとえば、インテリな教義云々を議論するような人があらわれとしても、
それもそうかもしれないなと言って、ニコニコしていたようなイメージです。

>貞心尼との話

いやぁ、いいですねぇ。
こういうラブストーリー(と言っていいよね?)。
とても人間くさいじゃないですか。
甘えたりすねたり、かわいいなぁ。
by:gizmo | URL | #-【2006/04/11 12:11】 [ 編集] | page top↑
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