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嫌な思いをしたなら、まず自分から変われ
いわゆる「学会被害」と呼ばれるものを、よくよく考えてみると、
その本質は、個人の問題に帰着するように思うんだよな。
「学会被害」という皮をかぶった個人の問題だと思う。


たとえば、結婚したパートナーが学会員という問題。
これは双方が話し合って解決すればいい問題であって、
外野がとやかく言える問題じゃない。
相手や相手の家が、自分や自分の家と違うのは当たり前だ。
創価学会に限らずそれぞれの家に
信条や宗教があり、常識が違う。
そこに問題があるなら二人で話し合って解決すればいいだろう。
相手が聞く耳を持たないのなら、
それは相手の態度が問題なのであって、
創価学会とは関係のない話だ。
それを「学会員だから聞く耳を持たない」というふうに、
創価学会と結びつけるから、おかしなことになる。
聞く耳を持つ学会員もいれば、聞く耳を持たない学会員もいる。
個人の態度の問題だ。


たとえば、親が学会員という問題。
親は自分が良いと思うものを、子供に伝える。
その方法も、その家によって違う。
これは当たり前の話だ。
「題目を唱えると良いことがある」
と子供に教えたり、
「広宣流布のために戦うことは尊い」
と子供に教えたりすることの、何が悪いのかと思う。
創価学会じゃない家庭の親が、
「仏像に手を合わせなさい」
と子供に教えたり、
「奉仕活動をすることは尊い」
と子供に教えることと同じと思う。
でもやがて、親の方針に疑問を持つときがくるかもしれない。
親と子供は価値観が違ってくることも多々ある。
そんな場合、子供は自分の思いを親に伝え、
親と対決し戦い、自分の方針を貫き通すことになるだろう。
この構図は、なにも学会の家だからというわけじゃない。
学会が絡まなくても、よくある話だ。
学会が価値観を押しつけるのではなくて、
親が自分の価値観を子供に押しつけるだけだ。
よく二世三世の学会員が
「普通の家庭に生まれたかった」
なんてぼやいてるけれど、
いわゆる「普通の家庭」なんてないと思う。
家庭には家庭の中に、葛藤があり、
トラブルがあるのは当たり前であって、
創価学会のことに限ったことではないし、
創価学会の家庭じゃなかったら、
葛藤やトラブルが無いかといえば、
そんなことはないと思う。


創価学会にまつわるトラブルというのは、
「創価学会だから」という問題ではなくて、
どこにでもあることであり、
たまたまそれに絡んだ人が学会員だっただけだと思う。
社会で生きていて嫌な思いをすることがなくならないように、
創価学会で嫌な思いをすることがなくなることはない。
まあ、理想を掲げるというのは大切なことではあるけれども。



さて、こんな僕の捉え方は横に置いておいて、
とりあえず「学会被害」と呼ばれるものがあるとして、
それを解決する方法があるとすれば、たぶん、
「自分が変わること」しかないと思うんだよな。
たぶん、創価学会からは変わらない。
あれはあれで良くできた組織運営をしてるし、
ヘタを打たないように逃げ道を残した上で、
組織の維持に有利だと思われる手法を採ってくる。
大衆心理というものをよく押さえてると思う。
実は、創価学会の方針は、大衆にとってニーズもある。
池田名誉会長といういわゆるカリスマを立てているのも、
彼を心の支えとして満足している人が多いからだと思う。
活動組織というものを構成しているのも、
活動自体を目的とし満足感を感じる人が多いからだと思う。
純粋に南無妙法蓮華経だけで満足出来る人は、
名誉会長にも組織にも特に思い入れもなくコツコツと、
御本尊対自分という信仰をしてるもんだ(僕みたいにw)。


創価学会は大衆心理をよくこころえているから、
学会員を組織の都合でうまく誘導することもあるだろう。
でも、そういう誘導をしたとしても、最後の一線は絶対に越えない。
組織(組織は、だ)は個人に対して「強制」はしていない。
絶対に「自由」という点を残している。
この点を残している以上、どんなに理屈で責めても、
創価学会組織に非を発見することは出来ないように思う。


だとすれば、理不尽な誘導から
(理不尽だと思えば、だけど)、
自分を守る盾は「自由」だろう。
僕もよく言う言葉なんだけれども、
「それって任意ですよね?」と聞くと、
意外と簡単に引き下がっていく。
それで緊張感は生まれるだろうし、
警戒され白い目で見られることもある。
でも白い目で見られたからといって、
なんだっていうんだろう。
別に危害を加えられるわけではない。
白い目で見られても平然といられるような自分を作ることだ。
たとえ無視されたり仲間はずれにされたからといって
(その人は意地悪だとは思うけど)、
コミュニティは創価学会だけではないんだし。


学生時代の部活に所属しているのと一緒で、
幽霊部員は、部活に一所懸命な部員から
幽霊部員なりの待遇をされるのは当たり前。
あるポジションについて、その仕事を全う出来なければ、
責められるのも当たり前だと思うんだよな。
相手にして欲しいなら、部活の目的に叶う仕事をして、
貢献しなければならないと思うし。
相手にして欲しいと思わないならば、
幽霊部員でいてかまわないと思う。
自分に必要ないと思うんだったら、辞めてもいい。


結局僕の言っていることは、
「やりたいならやれ。やりたくないならやるな」
ということなんだよな。
そういう視点で、もう一度
創価学会の書物や聖教新聞を読んでみると、
実は「自分が変われ」とか「強く生きよう」とか、
そういうことが書いてあることに気づく。
創価学会は間違ったことを主張してるわけじゃない。
僕が普段言っていることも、
創価学会が主張してるようなことを越えてるわけじゃない。
というよりも、当たり前のことを言ってるだけなんだよな。


なんだか脱線したりして、長い文章になっちゃったけど、
結局、嫌な思いをしたくないと思うのならば、
「自分が変わること」が一番早いと思う。
僕は「自分が変わればすべてが変わる」論者だし、
一歩進めて「人のせいにするな」論者だから、
どんなケースに巻き込まれているどんな人であれ、
学会に恨み言を言うよりも、
自分で自分を制御する方が先だと思う。
創価学会で嫌な思いをすることをなくす近道は、
一人ひとりが強く、したたかに変わることだと思うし、
そうなってやっと、大衆のニーズが変化し、
はじめて創価学会が変わっていくと思うんですね。
まあ、これこそ夢物語で、理想ですけど。
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【2006/05/12 13:25 】 | 未分類 | コメント(43) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
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やっぱりgizmoさん、すげーや。

僕も学会は間違った事主張してるとは思わへんけど、
学会員が学会の主張を真剣に聴いてえへんだけちゃうん?
by:三九郎 | URL | #-【2006/05/12 14:05】 [ 編集] | page top↑
----
>学会に恨み言を言うよりも、
>自分で自分を制御する方が先だと思う。

まぁ、池田先生が云われてることは、こういうことなんですけどね。
池田先生自身、若い頃に、学会の組織体質に馴染めなくて、戸田先生に相談したりしてますし。
by:にっし~ | URL | #OF4bp5hE【2006/05/12 15:36】 [ 編集] | page top↑
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なんかぎずもさんのいうこと納得できる
笑うことではないのになぜか笑ってしまう
人をひきつけるものもってるんだろうな
おもしろいのになぜかうなずけるんだよね
by:えいちゃん | URL | #-【2006/05/12 16:48】 [ 編集] | page top↑
--すーっとした--
これは、永久保存版ですね。
コピーしておこうっと^^;。
gizmoさん、毎日ホントにありがとうv-207

「自分の意思に関係なく入会させられた」って
いうのもね、なんか違和感あるんだ。
だって、
日本に生まれるのも、
田舎に生まれるのも、都会に生まれるのも、
貧乏な家に生まれるのも、お金持ちの家に生まれるのも、
不細工な親も、容姿端麗な親も、
教養無い親も、インテリな親も、
なあんにも、自分の意思とは関係無いでしょ。
生まれは選べないんだもの。
それには文句無いのかしらん。

各家庭の教育の問題、各家庭での価値観の事、
各自の恋愛観や結婚観が、
みーんなごっちゃになってる。
学会のせいになって、ごっちゃごちゃだ。

自分が変わろうよ。
私の南無妙法蓮華経はそれだけだ。
自分が変われば世界も変わる。
自分が変われば学会なんてどうってことないよ。
by:photochika | URL | #-【2006/05/12 18:21】 [ 編集] | page top↑
--初めまして--
あちこちでお名前は拝見しております。
gizmoさんのような言い方をすると、どんな問題でも問題ではなくなってしまいますね。
(いい意味ではなく、です)
「自己責任」
はい、ものすごーく便利な言葉です。
私は大嫌いですけど。
うまく言えないですけど、私個人しては
「自分が変われ」
という言い様にはものすごく違和感があります。それ言っちゃオシマイ、みたいな。
高見の見物している人に
「僕には関係ないけどね」
みたいに言われているようで不快です。
自己責任が大切なのも自分が変わらなければ解決しないのもわかってます。
でもね、その言葉ってやっぱり無責任ですよ。
メイワクかけられて、かけられた相手に「あなたが変われば?」なんて言われるのは、なんか違うだろそれって私は思います。
by:道楽猫 | URL | #xfWPEvlw【2006/05/12 19:43】 [ 編集] | page top↑
--あら--
あらら、猫さんやん。
gizmoさんって、微妙なスタンスなんよね。
でもやっぱし自己責任って便利な言葉やね。
猫さんの言うてることもよくわかる。
by:三九郎 | URL | #-【2006/05/12 21:24】 [ 編集] | page top↑
--見つけられない。。。--
「自己責任」って、どこに書いてあるのか、
見つけられない。。。
三九郎さん、教えてー。
by:photochika | URL | #-【2006/05/12 23:26】 [ 編集] | page top↑
--どうして--
「自己責任」と明確には書かれてませんが、gizmoさんが一貫して主張されていることをまとめるとその言葉に行きあたったのです。
私の捉え方が間違いであれば謝罪いたします。
でも何故その言葉を出した私に、ではなく

>三九郎さん、教えてー。

なのですか?>photochikaさん

何か私におっしゃりたいことがあるのなら直接私にぶつければいいのに…。
by:道楽猫 | URL | #xfWPEvlw【2006/05/12 23:57】 [ 編集] | page top↑
----
こんばんは。
あっ殴りこみに来たわけではないです。
なんか、読みたくなるのです、gizmoさんの文章。
ダンナさんにはしたくないタイプだけど、文章にホレました。
なんか、今日のは歯切れが悪いような・・・
私、どうもブログ初めてネガティブになってるのに気がつきました。
もう、書く事止めようと思います。
あっ、しょうもない無関係なネタは書こうかな。
特殊部隊(婦人部幹部)来たら書くかもしれないですけど。
なんか、人生楽しく生きて行きたいと思いました。
我侭な主婦ですから。
では、さよなら。
by:のんのん | URL | #-【2006/05/13 00:03】 [ 編集] | page top↑
--確かに永久保存版--
ですね。
gizmoさんの言わんとすることは伝わってきます。でも同調できるところはあまりない、かな。
 
>創価学会は大衆心理をよくこころえているから
 
この辺なんかは「確かに」とは思うけど。
 
 
gizumoさんのこの記事が学会員さんの思いのすべてではないんだろうけれど、多くの学会員さんが「そうそう」と思うならこの記事の中に学会の問題を解く鍵が隠れているのかなと思います。だから保存版。

>創価学会は間違ったことを主張してるわけじゃない
 
これも「そうだ」と思います。でも現場で問題は多く起きているのです。主張がいくら正しくても現場で起きている問題を放置してはいけないでしょう。道楽猫さんが言われているようにメイワクを掛けられたほうに「変われ、強くなれ」ではなんにもなりません。身近に起こった小さなことでも、仮に認定をするなら迷惑を掛けたほうは加害者で受けたほうは被害者です。開き直りと言われる可能性はありませんか?
 
問題を整理するために言うと、私が一番問題に感じているのは広宣流布と言う大儀のもと行われる布教活動においてのトラブルです。
 
そこに行き過ぎがあったとき、「あれは行き過ぎ相手に嫌な思いをさせてしまったこちらに非がある」と思う学会員さんが増え、また組織としてその問題を正面から受け止め、仮に苦情が出れば謝罪をする。
 
これが出来ていると思えないのです。
出来ている人も居り、出来ていない人もいるでしょう。しかし出来ていない人に対して「そんな人もいる」だけでは「組織はこの問題を放置、黙認している」と取られても反論できないでしょう。
 
すみません。長くなりました。
 
あと、一つ。アンチだったころのgizmoさんは学会の何が嫌だったり問題を感じたりしたのですか?
by:犬のメメ | URL | #-【2006/05/13 00:34】 [ 編集] | page top↑
--ありがとうございます。--
道楽猫さん、初めまして、おはようございます。

教えていただき、
ありがとうございます。
言葉ではなくて捉え方なのですね。
一生懸命「言葉」を探してしまいました^^;。

他意はありません。
三九郎さんとは顔見知りなもので、
お聞きしただけなんです。
深い意味はありません。
おっしゃりたい事もぶつける事も
何にもありませんよ。

by: photochika | URL | #-【2006/05/13 04:10】 [ 編集] | page top↑
--ああ、やっぱ俺だったか…^^;--
>三九郎さん、にっし~さん、えいちゃんさん、photochikaさん


特に争点になるところはなさそうなので挨拶だけ。
ありがとうです~^^


>道楽猫さん


道楽猫さん、初めまして。
去年あたりからブログは拝見していました。
創価学会に矛盾を感じながらも
創価学会を捨てられないという道楽猫さんの気持ちに、
僕としてはシンパシーを感じていたのですけどね。
残念ですがどうやら嫌われてしまったようです…。
対話を続けていけたら嬉しいですが。


僕も母親が日蓮正宗創価学会時代から入信していて、
父親が酒乱でアンチという家庭に育ちました。
母親は父親の入信を条件に結婚したのですが、
父親は、教学試験を受けろという男子部のしつこい勧誘に
切れてケンカし、それ以来学会嫌いになりました。
父親は家にいるときは常に酒が入っていて、
信心の話がちょっと出ただけでも母親を殴る蹴るの家庭で、
あるときは、包丁を持ち出す父親に、深夜、
母親と一緒に逃げ出したこともあります。
それども幼い僕に対して、
「お父さんには魔が入っているだけなんだよ。
あの人だって信心したら徹底的なんだからね」
と、父親を弁護する母親に涙したものです。
あ、語っちゃった。ちょっと恥ずかしいですね^^;


「自己責任」という概念が争点になっているようですが、
まあ、僕は「自己責任」という言葉が好きです。
というか、妥当だと思っています。
社会の秩序を保つためには、
ここで線を引くしかないんじゃないかと思います。


僕が語るとどんな問題でも問題ではなくなってしまうと
おっしゃられますが、どこかで線を引かないと、
なにもかもすべてが問題になってしまうようも思います。
自分ではなく自分以外のことに問題の原因を探すことの方が、
僕には無責任に感じます。


仮に学会問題というものがあるとして、その学会問題は、
一人ひとりが変わるというのが建設的だと僕は思っていますが、
これ以外に、どういう建設的な解決法があるのでしょうか?
それとも創価学会の組織に責任を問うべきとお考えなのですか?


もし道楽猫さんが迷惑をかけられて「あなたが変われば?」
と言われたならば、その言葉をかけた相手に対して、
直接その不当性を問えばいいと思います。
そこまで含めての自己責任ではないでしょうか。


>のんのんさん


書くのを止めようとおもったなら、止めたほうがいいかもですね。
書きたくなったらまた書けばいいし。
人生楽しく生きていくのが一番ですよ^^
また気が向いたら遊びにきてくださいな。


>犬のメメさん


>多くの学会員さんが「そうそう」と思うなら
>この記事の中に学会の問題を解く鍵が隠れている


もしそうだとするのならば、その鍵を明確にすると、
問題点が整理されるかもしれません。
その「学会の問題を解く鍵」というのは何でしょう?


>迷惑を掛けたほうは加害者で受けたほうは被害者です。


「仮に認定する」のなら分かりますが、
外野も絡んでわいわいやると、
学会員が加害者だと確実に認定されがちな気もします。
特にネット上でやりあうとなると、
この場にその加害者当人が居ないわけだから
「学会員は悪い」という印象がつくだけのように思います。
被害者の一方的な訴えがネット上でされるわけです。
もし自称被害者の方に過失があったとしても、
自称被害者は、周囲の理解を得るために、
それを伏せて訴えることとなるでしょう。
それはアンフェアです。
鍵付きの掲示板でもない限り、
ネット上はパブリックな場所です。
大げさにいえば公開欠席裁判ですよ。


さて、僕が言いたいのは、
価値観が異なった者同士が接触すれば、
そこに必ず葛藤が生まれますし、
その葛藤をどう解決していくかというのが課題であり、
それを放棄しているのはどちらなのかという点です。
声の大きい方が勝つと言われ、
学会員の声が大きいことを責められても、
じゃあどうしたらいいのさ、ととまどうだけです。
確かに学会員は声が大きいという傾向はあります。
学会員と非学会員とはすでに価値観が異なり、
異文化コミュニケーションなんですから、
それを前提として話をするしかないでしょう。
アメリカ人に、日本語しゃべれって言われても困るものです。
まあ、上は極端なたとえかも知れませんが、
どの点ですりあわせをするかという問題です。
本人と徹底的に対話することが解決につながると思いますが、
僕が見渡す限り、どちらかといえば感情的になって
対話を放棄しているのは、学会員の側ではないケースが、
多いような印象です。


>また組織としてその問題を正面から受け止め、
>仮に苦情が出れば謝罪をする。


組織としては、その問題をまず調査するでしょう
(しなかったら直接、徹底的に訴えてみてください)。
本当にその行為が、行き過ぎであったのかどうか、と。
その苦情に妥当性があれば、その人に直接謝罪するでしょう。
もし妥当性がなかったとすれば正当性を訴えます。
その一環として法廷に出て白黒つけることもあります。
なんだか訴訟を起こすこと自体が、
悪のようにいわれてしまいますけど。
苦情が出たからといって100%謝罪するのだとすれば、
組織運営上、きりがなくなります。
東芝に対してのクレーマー事件というのがありましたが、
創価学会に対してもクレーマーが多いと思います。
これもどこかで線を引くしかないわけです。


>「組織はこの問題を放置、黙認している」


そんなことはないと思いますよ。
その問題に出くわした人が、直接本人に訴えたり、
さらにその人を管理する上の役職の人に訴えたりすれば、
(これは僕が信じていることですけれども)
必ず納得いく答えが出ると思います。
納得できずに「お前じゃ話にならん!」と言えば、
どんどん上の者が出てきます。
あるアンチさんには
「上にたらい回しにされても困る」
なんて言われましたけれど、その当人を監督する立場の
責任者が出てくるわけですから、僕は誠実だと思います。
上に行くなら「たらい回し」とは言わないと思うんですけどね。
最終的には副会長レベルまで出てくるでしょう。
そこまで行って、なお創価学会側が理不尽ならば、
法廷でやりあうしかないんじゃないですかね。
でも、そんなケースってなかなかなさそうです。
逆に質問することになっちゃいますけれど、
犬のメメさんは「黙認している」と取られないためには、
どうすればいいと思われますか?


>アンチだったころのgizmoさんは学会の何が嫌だったり
>問題を感じたりしたのですか?


忘れてしましました(汗)。
一所懸命に思い出すと、単純にただ
「宗教なんていうものは全部オカルトなのに、
今時なに創価学会とかやっちゃってんの? アホじゃん」
という、僕が成人してから再会した学会員の最初の印象から、
論理を構築していったと思います。
日蓮正宗的価値観で育ったので、
「今の学会って当時と違うじゃん。どうしちゃったの?」
という疑問もあり、その点に違和感を持って調べてました。
あとは恥ずかしながら、いわゆるアンチの論理に対して、
そのまま「そういうものなのかなあ」と、
漠然と受け入れてしまったところがあります。
まあこの点を責められたならば、
ごめんなさいというしかないです。


あとは、義侠心ですね。
アンチの側の人と接触したのが先だったもので
いわゆるアンチを弁護する側に回りました。
自分なりに調査と思考を重ねた結果、
いわゆるアンチの甘えを守るのが嫌になりました。


まあ、このブログの2005年の6月くらいまでの
記事のまんまだと思います。
http://home.newsch.net/gizmo/
でも、実は最初からあんまり僕の主張は
変わっていないような気もします。
by:gizmo | URL | #-【2006/05/13 11:02】 [ 編集] | page top↑
--いやぁ--
うちのブログ見られてたとはΣ( ̄□ ̄ )
お恥ずかしい限りでございます。
ま、それはおいといて。
さすがgizmoさん、言葉が巧みでいらっしゃる。gizmoさんのおっしゃることはね、もちろん正論です。メイワクかけられたならかけられた相手に直訴すべきです、はい。迷惑かけられた~相手が悪いんだ~では何も変わらないです。それもごもっともです。
でも、学会の言う「まず自分が変われ」に私は随分苦しめられましたからね。
いろいろ思考の経緯はありますが、現在の私の心境としては
「自分が変わる必要はない。」
に至っています。そこらへんの心情の移り変わりについては長くなりますので今度自サイトにでも書こうと思っています。
とりあえず、学会の「強くあれ」「自分が変われ」は相手に非常な居心地の悪さを与え、
「まったくその通りだ、変われない私が悪いんだ」という思考に誘導する見事な論理だと思います。
でも、よおおおおおっく考えてみて。
自己責任を語る権利があるのは自分だけ、ではないですか?
それは加害者(学会がいつも加害者と言ってるわけではなく社会全般についてです)や第三者が言うべき言葉ではない、私はそう思います。
自己責任を他人や加害者が語ればそれこそ警察も法律も必要なくなるんじゃないかなぁ。
いつのまにか言葉巧みに「騙すほうが悪いんじゃなく騙されたほうが悪いんだ」、に繋がる甘く危険なカオリのする言葉だと私には感じられます。だから嫌いなんです。
ああ相変わらずうまく思いが綴れません。
あ、最後にひとこと。
私、gizmoさんのことを別に嫌ってるわけじゃありませんよ。ブログでその人の全てがわかるわけじゃなし。
ただ、gizmoさんは文章が巧みだなぁとは思うけど、私には心に響くモノがない。
たぶん感性の違いでしょう。
それでは。
by:道楽猫 | URL | #xfWPEvlw【2006/05/13 11:38】 [ 編集] | page top↑
--あ--
photochikaさんへ。

よくわかりました。
勝手に勘違いしてしまい申し訳ありませんでした。
by:道楽猫 | URL | #xfWPEvlw【2006/05/13 11:40】 [ 編集] | page top↑
--初めまして--
犬のメメさんところから来ました。

最近の記事を読ませて頂いて、そうそうと納得できる事柄もありましたが、ええ~それはどうかな?と思えるものもありました。

gizmoさんの書かれていることは、ある人には当てはまるけど、それは一括りに多くの人に当てはまる話でもないと思えました。
それはアンチさんに対しても、シンパの学会員に対しても。
状況を限定した場合にのみ、しっくりきました(あくまで私の印象ですけど)

それは私自身が、どっちよりにもなれない中途半端な立ち位置にいるからかもしれません。
シンパからアンチにブレて、最近ではまたシンパにブレてきてるけど、かつてのシンパにブレてるわけでもないという…自分でもよくわからない感じです。

ただ言えることは、私は極端なアンチも極端なシンパも苦手だってことで、そういう表現に引っかかってしまうんだなぁ~って思うんですね。
人それぞれだし、環境も状況も違うので、ほんとのところは、そんな簡単にカテゴリー分けはできないんだろなって。

ケースバイケースの話だろうと思います。
人個人に限定して『自己責任』のみを追及すると、全体を見誤ると思います。
ほんと難しい問題ですよね。
ネットでは特に文字だけになるので、全体の状況が見えてるようで見えてない部分もあると思うし。
by:ナウシカ | URL | #Eg7g1qX.【2006/05/13 11:48】 [ 編集] | page top↑
--言葉じゃ表せないからなぁ--
>道楽猫さん


レスありがとうございます。


>いろいろ思考の経緯はありますが、現在の私の心境としては
>「自分が変わる必要はない。」
>に至っています。


僕が思うのは、これも「自分が変わること」だと思うんですよ。
「変わらなければならない」という強迫観念から脱して、
「変わる必要はない」という考え方に
「自分が変わった」のではありませんか。


屁理屈だと取られるかもしれないですけど、
僕の言っていることは、これです。
そして「自分が変わる必要はない」ということを確信し、
前向きに生きていけるのならばそれが一番だと思うんです。
これを否定する気は全くありません。
自分が満足しているのならば、それでいいと思うのです。
だけれども、不満があるのならば、
「まず自分が変われ」ということです。
僕は、絶対に愚痴を吐くなとは言いませんけれども、
愚痴を言っている自覚もなく、愚痴に理屈をつけくわえることで
「変わらない自分」を正当化し、他に原因をおしつけるやりかたに
違和感を感じるのです。


「自分が変わる」ことで、
組織に都合のいい論理を脱するというのも
アリだと思うんです。
組織の心ない人から罵倒を受けても、
自分が強くあれば悩む必要もないでしょう。


>自己責任を語る権利があるのは自分だけ、ではないですか?


自己責任だという概念を適用出来るのは自分だけであり、
他人に対して「自己責任だ」と言う権利はない、
ということでいいでしょうか?


少なくとも僕はですけど、
プライベートなやりとりにおいて、
目の前に苦しんでいる人がいたとして、
その人に対して「全部おまえのせいだ」
なんてことは、いくらなんでも言いません。
ただ「けじめ」というものがあると思うのです。
たとえばネットの公の場か、メールの私の場か、
分けておかないとグダグダになりませんか。
僕はパブリックな場所では、
パブリックなことを言うように気をつけてはいます。
二枚舌ともダブルスタンダードだと取られますけど。


>「騙すほうが悪いんじゃなく騙されたほうが悪いんだ」


なんとなくですけど「自己責任」という言葉から、
これになってしまうには、どこかにすり替えなり、
飛躍なりが隠れているような気がするなぁ…。
少なくとも僕はそうは言ってないつもりなんですけどね。


感性が違うのはしかたがないですよね^^



>ナウシカさん


はじめまして。コメントありがとうございます^^


>そうそうと納得できる事柄もありましたが、
>ええ~それはどうかな?と思えるものもありました。


そういう読み方をしてもらえると、助かります。
すべての事柄に「そうそう」と思われた方が危険です。
生まれも育ちも、経験してきたことも違いますから、
すべてに納得出来ることなんてないと思うし、
それが当然だと思います。


>人それぞれだし、環境も状況も違うので、ほんとのところは、
>そんな簡単にカテゴリー分けはできないんだろなって。
>ケースバイケースの話だろうと思います。


ナウシカさんのおっしゃる通り、
ネットでは文字だけになるし、
一つの独立した文章を書くとき、環境や状況は、
書き手が設定して展開することになります。
だからこそ、文章は読者が考えるきっかけくらいにしか
ならないと思うんですよね。
僕も、僕のすべてを文章で書き表せるなんて思っていませんし。
by:gizmo | URL | #-【2006/05/13 13:25】 [ 編集] | page top↑
--gizmoさんへ--
こんにちわ(^O^)/

いつもありがとうございます。
今回の記事も私にとって共感できる部分がほとんどでしたし、他の部分でもgizmoさんご自身の考え方がよくわかるもので、いつもにも増して読みごたえのある記事だと感じました。

gizmoさんは『自己責任』ということよりも、『境涯革命』ということをお話されているのだろうと思いました。
同じ『メイワク』であっても感じ方は人それぞれですし、『メイワク』といってもそれを『メイワク』と感じるのは自分自身なんですよね。
こちらの境涯によって、間違いなく受け止め方や捉え方が変わると思います。

なんらかの悪意のある人であれば、確信犯的に『メイワク』をかけてくる場合もあるでしょうから、こちらがお人好しで良いわけは無いけれども、しかし、そうであったとしても、どれほどのことであったとしても、自身の境涯によっては『メイワクをかけられた』という悩みを悩みとしていかない生き方ができると思います。
学会員の場合、そう生きていくための信仰であるとも思います。

gizmoさんが最後に仰っている・・・

>一人ひとりが強く、したたかに変わることだと思うし、 そうなってやっと、大衆のニーズが変化し、 はじめて創価学会が変わっていくと思うんですね。 まあ、これこそ夢物語で、理想ですけど。

私はこれを実現していこうとしているのが学会であると思います。
それを『広宣流布』という。
もちろん一端でしょうけどね。

今、自発的・能動的に境涯を深め高めていくことこそが、人間に必要なことなのだろうと思います。
自分だけでは実現できないけれども、『まず自分が』率先していく。
そして、自分だけでは実現できないからこそ、他者へ伝えていく作業も必要であると思います。

夢物語や理想と感じることを、実現しいていこうとすればするほど、自分だけではダメなのだということに気が付かされるのだろうと思います。

by:ヤマト | URL | #fb7xNeB2【2006/05/13 13:42】 [ 編集] | page top↑
--gizmoさんへ--
三九郎さんのお話された・・・

>僕も学会は間違った事主張してるとは思わへんけど、学会員が学会の主張を真剣に聴いてえへんだけちゃうん?

これは私のことに限定してみれば、かなり的を得ているように思います(^^ゞ

これから自戒を含めて行動していくことが必要なんだなと感じました。

三九郎さんとこちらのブログに感謝します。

三九郎さんへ

ありがとうございました。
by:ヤマト | URL | #fb7xNeB2【2006/05/13 13:47】 [ 編集] | page top↑
--ふふふ--
うん、屁理屈ですよね(笑)。
うまいこと丸めこまれてしまいそうでキケンだなぁ。いや大丈夫ですけどね(・_・)。
実はgizmoさんのおっしゃりたいことはだいたいわかっています(つもりです)。
けどそれでもやっぱり「自分が変われ」には抵抗があるのです。あくまで私は、です。
うーん、でも逆説めいているけど「変わる必要はない」と思えた時点で私は実はそういう私に変われた、のかもしれないですね、gizmoさんのおっしゃるとおり。
正直殴りこみをかけた形になってしまってどうしようと心臓ばくばくだったんですが(小心者なんですよ実は)、gizmoさんのお返事で自分自身気付けたこともあります。
やっぱり対話は大事ですね。
gizmoさんとはこれからもきっとずっとスタンスも物の考え方も感性も(笑) 違うだろうし、ムカつくこともあるだろうとは思うけど、私も今回思い切って言葉を投げかけたことでひとつ壁を越えられた気がします。
ありがとうございました。
by:道楽猫 | URL | #xfWPEvlw【2006/05/13 20:21】 [ 編集] | page top↑
----
photochikaさんごめんなさい。
お返事せんうちに猫さんにかわりに答えてもらったみたいで。
猫さんありがとうございます。
メメさんも、ヤマトさんも、僕がごちゃごちゃさせたみたいですみません。
でもいろいろ対話することに意義があるんですよね。
by:三九郎 | URL | #-【2006/05/13 23:41】 [ 編集] | page top↑
--昔を思い出しました--
自分が変われば・・というのはある目的のために気持ちや行動を変化させる、ということでしょうか。アンチとかシンパとかという話題からそれてしまうと思いますが、私の拙い昔の体験です。
私が女子部の時に勤務していた職場は社内でもちょっと特殊な部門でした。知的所有権(特許等)を特許庁に出願申請するために書類を作る事務的な手伝いをしていました。机からボールペンが1本床に落ちても室内に響き渡るし、電話の取り次ぎ方にも細心の注意を要し、各人の個性が強くバラバラで、とにかく何といいますか雰囲気が暗く楽しくありませんでした。私はそのことを女子部の先輩に相談したところ、「依正不二。あなたが変わるしかないわね。」と言われ、元気な朝の挨拶、お茶の出し方、電話の応対、笑顔、声掛け・・職場で明るく爽やかに振る舞いました。勇気と持続のために題目を上げました。その結果、段々まとまりが出て来て、食事会、スキーやハイキングに皆で楽しく出かけるまでになりました。私はその後結婚退職をしましたが、最後まで同僚や上司によくして頂きました。今でもお付き合いが続いている方もいますし、後に入会された上司もいました。頑張って良かったと思いました。
人や環境のせいにして現状を嘆いていても何の解決にもなりませんし、愚痴が出ますよね。「自分が変わる努力」って楽しいですよ!



by:Akari | URL | #-【2006/05/14 00:25】 [ 編集] | page top↑
--はじめまして。--
こんばんは。
三九郎さんのところから来ました。

>「自分が変わること」しかないと思うんだよな。
たぶん、創価学会からは変わらない。

私は学会員ですが、引越しをして、現在6ヶ所目の組織を経験中です。自分が変わらなくても、引越しした場所の学会組織の考えや行動がぜんぜん違う場合があり・・・、ここにちょっと・・・、なんて言ったらいいのやら。

私の実家の組織は宗門問題が起きたところですから、学会内部でもいろいろあり、アンチになられた方がいうことも納得する経験をしました。5ヶ所目の千代田区では学会のすばらしさを初めて経験しました。池田先生の目がすぐ届くところだったせいでしょうか?
私は変わってないけれど、引越しによって学会を見る目が変わりました。

これも「自分が変わること」のひとつでしょうか?(^^;)

まとはずれなコメントかな?失礼いたしました。m(_ _)m
by:うま | URL | #-【2006/05/14 02:09】 [ 編集] | page top↑
----
おはようございます。
うえーん、ネットの時間ないよー。

>ナウシカさんへ
>>それは私自身が、どっちよりにもなれない中途半端な立ち位置にいるからかもしれません。
シンパからアンチにブレて、最近ではまたシンパにブレてきてるけど、かつてのシンパにブレてるわけでもないという…自分でもよくわからない感じです

私も同じ・・・かな。
by:ほしのしずく☆ | URL | #lPaFdrXk【2006/05/14 06:17】 [ 編集] | page top↑
--ふふふと笑ってもらえたならうれしいです--
>道楽猫さん


「屁理屈ですよね(笑)」という一言で、
わかってもらえているのだろうなあと、
なんとなくですけど、思います。
わかるけどわかりたくないというのも、
わかるけどわかるわけにはいかないというのも、
なんとなくですけど、わかる気がします。
もちろん勘違いかもしれないですけど(笑)。


ここで道楽猫さんとお話が出来て、僕は嬉しかったです。
わかりあえたわけではないと思いますが、
少しでも接触出来たことに感謝です。


いけすかないことを主張している人の本拠地に来て、
もの申すことは勇気がいることと思います。
その勇気に対して、僕は尊敬の気持ちを抱きます。
ありがとうございました。
by:gizmo | URL | #-【2006/05/14 06:37】 [ 編集] | page top↑
--ああ、すごい。感動しました。--
>Akariさん


素敵なコメントありがとう。


>「依正不二。あなたが変わるしかないわね。」


立派な指導ですよね。その通りだと思います。
環境を嘆くのではなく,
まず自分から変わることの好例だと思います。


>職場で明るく爽やかに振る舞いました。


これをやるのってすごい勇気が要るし、
最初はおかしな目でみられると思うんですよ。
それに打ち勝ってるところを尊敬します。
今、モニターの前で涙出てきました。


>勇気と持続のために題目を上げました。


題目ってこうやって使うんですよね。
素晴らしいな、と心から思います。


>人や環境のせいにして現状を嘆いていても何の解決にもなりませんし、
>愚痴が出ますよね。「自分が変わる努力」って楽しいですよ!


これが「自分をプロデュースすること」だと思うんです。
頑張る力、あきらめない力、Akariさんの体験から感じたことは、
絶対間違ってないと思います。
ああ、僕も頑張ろうって思いましたよ。
by:gizmo | URL | #-【2006/05/14 06:38】 [ 編集] | page top↑
--組織もいろいろですよね^^;--
>うまさん


はじめまして。
コメントありがとうございます^^


>私は変わってないけれど、引越しによって学会を見る目が変わりました。


地域によって組織の様子は違うんでしょうね。
心ない幹部がいる場合もあるでしょうし、
雰囲気が悪いところもあるのでしょう。
学会の価値観的には、その組織を良くするために頑張れ、
とか言われるのでしょうけれど、思い入れが出来ないと
頑張れないというのも事実ですよね(^^;
by:gizmo | URL | #-【2006/05/14 06:40】 [ 編集] | page top↑
--確かに「境涯革命」ですね--
>ヤマトさん


>今、自発的・能動的に境涯を深め高めていくことこそが、
>人間に必要なことなのだろうと思います。
>自分だけでは実現できないけれども、『まず自分が』率先していく。


ホント、その通りだと思います。
「自発的に」「能動的に」「まず自分から」
こういう意識が大切だと思うし、
「私には出来ない」「だってあの人が」とか
言ってる場合じゃないと思うんですよ。
そんな人には「がんばれよ!」と言ってあげたいです。
「でも、もう力の出ない人もいます」とかいうような
一見慈悲深いように見える言葉が嫌いです。


自らが、当事者意識を持って
切り開いていく心構えが大切だと思うのです。
最初の心構えからして、負けていたら、
実際に勝つことなんて出来ないと思うし。
まず自分の発する言葉からだけでも、変えていかないと。


「どうせだめだ」と思う心が、いわゆる魔だと思います。
「私にはその権限がないから」とか、
言い訳はナンボでも出来るんですよ。


がんばろうというたった一人の心意気が、
すべてが変わることの原動力となるんだよな。
よし、俺もがんばろう!
by:gizmo | URL | #-【2006/05/14 07:13】 [ 編集] | page top↑
----
<自らが、当事者意識を持って
切り開いていく心構えが大切だと思うのです。
最初の心構えからして、負けていたら、
実際に勝つことなんて出来ないと思うし。
まず自分の発する言葉からだけでも、変えていかないと

ぎずもさんのいってることはそのとおりだと思うんだけど
きのう新聞啓蒙1部でもしてって
きたんだけど
4面の記事外部にみせたくないなという思いのほうが先にたって
聖教新聞社の人にもいったんだよ
あのことばづかいなんとかしてって
みんななんとも思わないのかなあ
他の記事はすばらしいと思うんだけど

これって愚痴かな

by:えいちゃん | URL | #-【2006/05/14 07:41】 [ 編集] | page top↑
--別に愚痴じゃないと思いますよ--
>えいちゃんさん


自分が納得出来ないことはやる必要はないと僕は思います。
結局、自分がそれを「したいかしたくないか」だと思うんです。
いわゆる新聞啓蒙なんて
「この新聞を誰かに読ませたい」
という強い気持ちがなければ、
やらされてる意識しかなくなるでしょう。
やりたくないならハッキリと断ればいいと思います。
それでも「やれ」というのなら、
上に訴えればいいと思います。
それでも納得できなければ、さらに上に。


自分の感じていること思っていることを、
思った通りに言ってかまわないはずです。
あとで「やりたくなかったのに」と言うくらいなら、
最初からやらないほうがいいです。
えいちゃんさんが
「この新聞を人に薦めたい」と思ったならば、
そのときに、自然に人にオススメすれば
いいんじゃないですかね。


「新聞啓蒙一部でもして」って言われても、
僕だったら、
「4面の記事が嫌だから、やりません」
ってハッキリ言うなあ。
でも、新聞の契約本数増やして、
みんなに拍手喝采浴びたいっていうのなら、
それはそれでかまわないと思うし、自由だと思いますよ。
僕は別に拍手喝采浴びたいと思わないからやりませんけどね
(という、スカした物言いをする俺(笑))。
by:gizmo | URL | #-【2006/05/14 08:44】 [ 編集] | page top↑
----
ぎずもさんへ
実は今読んでないけど
昔はけっこう読んでて元気になったかな
今一人暮らししている友達がいるので
選挙こなかったね
とかいわれていたので
新聞とかはいえるかいえないかわからないけど
会いにいこうかな
気持ち的には新聞啓蒙全否定ではないかな
相手が読みたいって気持ちになることが前提だけどね
数とか考えたくないからね

4面の記事なんとかしてほしいけど
今度言って来た人にいってみるね
結果期待は無理と思うけどストレス解消になるかもなので

そして少しずつ
自分の気持ちも幹部の人にいってみようかな
嫌われない程度にね
組織変革はむつかしいと思うけど

ぐち聞いてくれてありがとう
癒し系だね ここは
助かっちゃう




by:えいちゃん | URL | #-【2006/05/14 16:41】 [ 編集] | page top↑
--ほしのしずくさん--
ネットの世界だけでもいろんな人がいて、ほんとに世の中にはいろんな考えの人がいるんだなぁ~と思いますね。
人のちょっとした言葉に敏感になり、アップダウンしてしまいがちな私ですが、自分自身をしっかり持って、やっていきたいと思います。
しずくさんもご自愛ください。

gizmoさん、私信に使ってすいませんm(__)m


by:ナウシカ | URL | #Eg7g1qX.【2006/05/14 21:40】 [ 編集] | page top↑
--遅くなりました。--
gizmoさん
 
何度も記事やコメントを読み返しました。
「こりゃむずかしいなぁ、言葉でどこまで表現できるかなぁ」
と思いつつ、頑張ってみます。
 
「学会の問題を解く鍵」についてですが、
>創価学会は間違ったことを主張してるわけじゃない
 
のに問題は起きている。これは何でだろうか?と言う部分だと考えています。私は学会の考えや教え自体は間違っている部分は少ないと思っています。(あまり教義については知らないのですが)この辺は三九郎兄さんに近いかな。
 
被害者、加害者についてですがこれはもちろん「仮に」です。学会が常に加害者なんてこともないし、変な例えですが被害者にも非があり、加害者側に情状酌量の余地がある、なんてこともあるでしょう。
 
>その問題に出くわした人が、直接本人に・・中略・・納得いく答えが出ると思います
 
これがちゃんとあればほんとにいいことだと思います。申し訳ないですが私自身が当事者ではないので「ちゃんと話を聞いてもらえた」とか「聞いてもらえなかった」のどちらかを言い切ることは出来ません。でもどうなんだろ?あまり納得いく返事を返してもらっていない人が多いように感じるけど。あ、アンチサイト中心で見てるからこれは当たり前か。
 
 
自己責任ということが出てきてますね。
私も意外と好きなんですよ(笑)。
でもこの言葉は自分を戒めることに使っても相手に対してはあまり当てはめないように私生活ではしています。なんか突き放してしまう印象があるから・・・。
 
gizmoさんならもちろんわかった上で、だと思いますが、嫌な事は嫌と言うんはそうそう簡単に出来ない人もいるんです。それは社会人として「甘え」の部分もあるかもです。でも「はっきり断れない人がいるんだ」ということも踏まえてもらえると社会的にはもっと尊敬される団体になるんでないかいと思うわけです。
 
この辺の「踏まえ方」が現場にもっと浸透すればトラブルも減り「黙認している」と言う感覚もなくなるんではないでしょうか。 

今回思い切ってgizmoさんのところに書き込みさせてもらってよかったと思います。アンチサイトの中でアンチさんとだけ話していても見えないものが確かにあります。こういう意見のやり取りに慣れていないもので的を得ない返事も部分も多いかと思いますが勘弁してやってください。ではでは。
by:犬のメメ | URL | #-【2006/05/15 13:33】 [ 編集] | page top↑
--タイミングの問題なのかなあ--
>犬のメメさん


>のに問題は起きている。これは何でだろうか?


これを考えるのは、建設的だと思います、
簡単に答えは出ないと予想されるけれども…。
単純にルールを変えること、たとえば教義であったり、
オフィシャルの指導方針であったりを、
混乱が起きないように変えていくことは、
学会は比較的上手にやってると思うんですよ、
僕からみるとですけどね。
大きな混乱が起きないように、
現場の感情を汲みながら少しずつやってる
(アンチからすると、このやりかたをも
「不誠実だ」と責められるポイントになりますけど)。


たぶん、末端も含めた一人ひとりの運用が悪いと思うんです。
暴走するのはたいてい先走った現場ですから。
現在の学会は、なんとか『人間革命』など描かれる
超人的な善人として池田大作名誉会長を演出し、
学会員一人ひとりの手本をさせるように
努力してる感じはしますけれど、
なかなか民衆である現場は、単純なので
暴走しがちなのかもしれません
(アンチからは池田教だと揶揄されますが)。
ヤマトさんも言っている通り、
学会員になるハードルは低いですし。


>学会が常に加害者なんてこともないし、
>変な例えですが被害者にも非があり、
>加害者側に情状酌量の余地がある、


そうですね。その通りだと思います。
この態度を、いわゆるアンチシンパ双方が持つことが出来れば、
そこからはじめて建設的なアイデアが生まれるかもしれません。
創価学会アレルギーがなくなってからお話しようぜ、
とか思うのは、まあ、ちょっと傲慢か(^^;


>あまり納得いく返事を返してもらっていない人が多いように感じるけど。
>あ、アンチサイト中心で見てるからこれは当たり前か。


納得いく返事を返してもらってない不満を、
アンチが訴えているのでしょうからね。
「ちゃんと聞いてもらえた」のならば、
アンチにはならないでしょう。
責任がそのアンチとなった人にあるのか、
そのアンチに接した学会員にあるのかはわからないのですけれど、
「ちゃんと聞いてもらえなかった」と感じることが
あったことは事実かと思います。
いくらなんでも全員が全員、
創価学会を貶めようという目的で
発言してるわけではないでしょうから。
聞いてもらいたい人が「上へ上へ訴えること」も
タフネスがなくては出来ないでしょうし。


>嫌な事は嫌と言うんはそうそう簡単に出来ない人もいるんです。


それはすごくわかります。
わかるからこそ、ここに問題点があると思うんです。
「まず自分が変われ」というのはなかなか出来ないですけれど、
僕はこれが一番確実な方法だと思っているし、
僕に縁した人にゲットしてもらいたいスキルなんです。
「はっきり断れるようになれ」というのが僕のメッセージです。
アンチに対しても、シンパに対しても、伝えたい。
というよりも創価学会を変えたいと思い、
「嫌なことは嫌といえる団体」にするためには、
現在学会に所属している者、一人ひとりから
始めなくてはならないと思うんですね。
それが僕にとっての「内部改革を目指す姿勢」です。
渋々従ってしまうのなら、それはYESですからね。
「それは嫌だ、従わない」と言うのはアリなんです。


で、創価学会もオフィシャル的には、
「自分が変われ」と言ってると僕は思うんですよ。
「はっきり断れない人」が「はっきり断れる人」になるための、
仏道修行と言ったら、言い過ぎでしょうか。
だから、僕もたまに言いますけど、
創価学会の真意を汲んだ真のシンパは、
いわゆる活動家には居ないように思うんです。
「強さ」を身につけたら、どんどん外に飛び出して
社会でいわゆる実証を出しているように思うんですね。


逆説的ですけれど、
「嫌なことを嫌だと言える」スキルがないから、
いわゆる活動家は内部に留まっているし、
「甘え」が守られているんですよね。
だから、せっかく「嫌なことは嫌だ」と言って、
学会を脱会することを選んだのならば、
学会を見返すくらいに強くなって欲しいですよ。
「自分が変わる」苦しさを主体的に引き受け、
自由を選んだからこそ、学会という
安全地帯を飛び出したのでしょう? 
と言いたいのです。
正しい仏教だの、精神医学者の学説だのを
逃げ道にしないでくださいよ、と。
それじゃ学会に頼ってる姿勢と変わらないじゃないか、と。


>「はっきり断れない人がいるんだ」ということも踏まえてもらえると
>社会的にはもっと尊敬される団体になるんでないかいと


たとえば加藤諦三なんか読んでいると
「嫌な事を嫌と言えない」人は多いなとは思います。
たとえば僕だって最初から
「嫌なことを嫌」と言えたわけではないです。
後天的な努力によって出来るようになったと思います。
そのためにはどこかのタイミングで、自分で
「『嫌なことは嫌』と言うぞ!」
と決めることだと思うんですよ。
誰でもやれば出来ると僕は信じます。


でも、どうなんだろう。
「はっきり断れない人」は、
ずっと「はっきり断れない人」のままで、
それでいいのだろうか?
それを「そのままでいいんだよ」と言ってあげることが、
慈悲なんだろうか?


たぶん、時と場合によるんだろうな。
またここで、いろんな人がいるしな、とか言ったら、
開き直りだと思われちゃいますかね…。
文章というのは、時と場合を無視して
メッセージを伝える性格を持っているし、
好意的に解釈するという前提を持たない限り、
揚げ足取りの反論はいくらでも作れる。
やっぱり分かりあうためには、
実際に会って話すしかないのかもしれないですね。
だから、あんまりネットで正論振りかざしても、
意味がないと思うし、思考実験にしかならないと
思っているくらいの方が安全だなくらいに思います。


たぶんこういう話は結論が出る話ではないと思いますけど、
メメさんのところからたくさんの人が来てくれて、僕自身、
たくさん文章を書いてもう一度考えを整理することになったし、
読んでくれた人にも考えるきっかけになったらうれしいです。
ありがとうです^^
by:gizmo | URL | #-【2006/05/15 15:39】 [ 編集] | page top↑
--こちらこそ--
ありがとうございました。
 
学会のことを僕でもわかる言葉を使って言ってくれるのでわかりやすかったです。
極端なアンチや極端なシンパやと話それこそならないでしょうが、私もgizmoさんも微妙なと言うか・・・(笑)。

>創価学会の真意を汲んだ真のシンパは、
いわゆる活動家には居ないように思うんです。
 
これなんかは極端なシンパで活動家の人が見たらスイッチが入りそうな言葉やし(笑)。
 
>「内部改革を目指す姿勢」
 
私に期待されても迷惑でしょうがこう言う言葉が聴けてうれしいです。期待してます♪

重ね重ねですがこういうやり取りをさせてもらって本当にうれしかったし、楽しかった?です。今後ともよろしくお願いします。

by:犬のメメ | URL | #-【2006/05/15 16:42】 [ 編集] | page top↑
----
>素敵なコメントありがとう。

有難うございます。
お言葉に恐縮しております。
実はコメントをさせて頂いた後、ドキドキしたんですよ。以前、他のブログでやはりミニ体験を寄せたところ、読まれた常連さんから、「あなたはデリカシーがないわね。」と言われてしまいました。私はただ自分のことを書いただけなのに・・とショックでした。「私は学会活動の中で聖教新聞の配達が一番好きです。」と書いたことがその方を怒らせてしまったのです。「えーっ?何で~?」と思っていたら、後に長文のコメントが書き込まれました。その方自身が最近まで大変な思いで配達していらっしゃったということ、体調まで崩したetc.ということも書かれていました。
だからと言って、私に「デリカシーがない」はないでしょう?私はあなたのことなど全く知らなかったのだから・・と気分を悪くしました。一言ぐらい私を気遣うお言葉が欲しかったです(笑)。その時にphotochikaさんに慰めて頂き、救われた気持ちになりました。

先日、「グレートマザー物語」(?)というTV番組を見ていたら、デザイナーのコシノ姉妹のお母様のことを放送していました。大変長生きをされたお母様ですが、いつもポジティブで、後年は人との交流を大変大事にされ、ご自宅を皆さんが集まれるサロンにして提供されたそうです。日記をつけられ、ある日のページには「自分が変われば周り(相手)も変わる」と書き込まれていたそうです。きっと長い人生の中で体得されたのでしょうね。
学会の中にいるお陰で、教わることがたくさんありますよね。実践するかしないか、それは自分自身にかかっています。(*^^)v








by:Akari | URL | #-【2006/05/16 08:41】 [ 編集] | page top↑
--全部自分だよね--
>Akariさん


僕がどういう人を尊敬するかというと、変わる勇気のある人、
少なくとも変わろうと勇気を出そうと思っている人だな。
変わろうと決めて、徐々にでも急にでも変わると、
「なにあの人、脳天気でバカじゃないの?」とか
「気に入られようとしちゃって、最悪」みたいな
陰口を言われちゃうもんだし、
それが聞こえてきたりわかっちゃったりして、
悲しい気持ちになるんですよね。
それでも負けずに、陰で涙を流しながらも、
自分を奮い立たせながら、頑張っていると、
わかってくれる人がポツポツと出てきたりして、
次第に環境が変わっていく。
環境は誰かが変えようと思わなければ変わらないし、
その変えようとする手段は、人を変えようとするのではなく、
まず自分が変わること、という哲学ですよね。
頑張った結果を功徳と呼んでもいいと思うし、
ケチをつけられると気分悪くなりますよね。


頑張った人が讃えられず、頑張らない人が同情される。
そんなのって僕は不公平だと思います。
誰だって頑張っているし、僕だって頑張っている。
ことさらに言わないけれども、水面下で一所懸命漕いでる。
僕は頑張ろうとする人の味方でありたい。
出来るか出来ないかは、まずは問題じゃなくて、
「よしやってみよう!」と決意することが大切と思う。
今日は出来なかったけれど、
明日はきっとやってみせよう。
また明日は出来なくても、
あさってきっとやってみせよう。
そんな希望を持ち続けることが「負けないこと」だと思う。


しっかし、いつもphotochikaさんの言葉って、
余裕があってふんわかしてて、助けられますよね^^
photochikaさんありがとう。
と、気づいたときに言っとこうw
by:gizmo | URL | #-【2006/05/16 16:03】 [ 編集] | page top↑
--頑張っている人って素敵ですよね^^--
Akariさん、初めまして。
気持ちが洗われる様な気持ちで拝見しました。
頑張っている人は素敵だと思います。
周囲を変革するには、どれくらいのエネルギーがいるか。。。
そんな頑張ってる人を悪く言う人は、いずれ口が曲がるでしょうw

頑張っている人がそばにいると、元気パワーが飛んできますよね^^
Akariさんから、パワーもらってしまいました♪
私もこれって言えるほどのことはないけれど、周囲に迷惑をかけながら、日々楽しくポジティブを心がけています。

>gさま
動かない人ほど、文句を言ったりするんですよねw
常に自分の見聞を広めようとする姿勢。
前向きなところ素敵だと思います^^

>photochicaさん
言葉は交わさずとも、見かけるとおぉ頑張っているなと元気を貰っています^^


by:ぽむぽむ | URL | #-【2006/05/16 21:17】 [ 編集] | page top↑
--ナウシカさん--
みなさん、こんばんは。

>ナウシカさん

うん。
ネットもリアルも色んな方がいますね。
最近の私は、ネットはずっと続けていくんですが、言葉がうまく出てこない事が多いです。
色んなことあったり、見たりすると、たくさん考え込んでしまって。
難しいです・・・。
by:ほしのしずく☆ | URL | #kVP5JqGo【2006/05/16 23:09】 [ 編集] | page top↑
--gizmoさんへ--
>「どうせだめだ」と思う心が、いわゆる魔だと思います。

同感です。
もちろん学会で使用する意味での「魔」という意味でですが・・・。

自分の到らなさから、「どうせだめだ」と思わせてしまうこともあると思います。

これは学会員として自覚していたいですね。

今回でこちらでの書き込みはしばらくお休みにしますね。

それでは、また(^o^)丿オゲンキデ
by:ヤマト | URL | #fb7xNeB2【2006/05/17 01:37】 [ 編集] | page top↑
--負けない人生!--
ぽむぽむさん、はじめまして。
温かいコメントを賜り有難うございました。
私にとって女子部時代は金の思い出でいっぱいです。気持ちはいつも真っ直ぐでした。そのまま突っ走りたかったのですが、なかなか難しかった。その後の人生は紆余曲折・・でも、学会の中でいろいろな人に支えられて今日があります。気がついたら随分強くなっていました(笑)。
お互いに頑張りましょう!(^O^)/

gizmoさま

>誰だって頑張っているし、僕だって頑張っている。
ことさらに言わないけれども、水面下で一所懸命漕いでる。

この一所懸命が大事なんですよね。ここがダメなら他があるさという逃げの姿勢の人に成長はないですね。目の前の問題を乗り越えなければ先々で何度でも同じ目に遭うのですから。(^_^;)

>出来るか出来ないかは、まずは問題じゃなくて、
「よしやってみよう!」と決意することが大切と思う。
今日は出来なかったけれど、
明日はきっとやってみせよう。
また明日は出来なくても、
あさってきっとやってみせよう。
そんな希望を持ち続けることが「負けないこと」だと思う。

これが学会精神なんですよね。
負けない自分になる!これです。

>しっかし、いつもphotochikaさんの言葉って、
余裕があってふんわかしてて、助けられますよね^^

そうなんですよね~
お人柄ですね♪

☆こちらではいつも、考えるヒントを頂いております。有難うございます。
これからも宜しくお願いします!




by:Akari | URL | #-【2006/05/17 07:27】 [ 編集] | page top↑
--希望と絶望に共通するキーワードは努力--
希望は努力が報われると信じれた時に生まれる。絶望は努力してもしなくても同じだと思った時に生まれる。

努力する一歩を踏み出す勇気、それを信じる確信をどう導くか、ってのがいろいろあるんだと思う。

そのひとつに創価学会的方法論があるわけ
で、その時点で創価学会も仏教のひとつだと思うよ。
by:歩 | URL | #NJs7.fVo【2006/05/21 19:57】 [ 編集] | page top↑
----
うん、創価学会的方法論って、確かにあると思う。

目標を説明されて、やり方から入っていくんやね。
教えられた方法に沿ってやってくと、いいとこまで行けるんやろけど。
やってることそのものは目標ちゃうんや。
題目とか折伏とか啓蒙とかもプロセスであって目標ではないはずや。
何人入会させたっても、それもプロセスや。勝利なんてものやない。
プロセスの段階で安心、満足しちゃってるんちゃうか。
by:三九郎 | URL | #-【2006/05/22 14:17】 [ 編集] | page top↑
--ほっとくと萎えちゃうのよ--
「努力が報われると信じること」って、
実はエネルギーが必要なんですよね。
これを信じ続けることって、なかなかシンドイ。
勇気を持ち続けるのって至難の業ですわ。


心ないアンチさんに対しては、
学会員がせっかく自分を奮い立たせて、
勇気を持ち続ける努力をしてるんだから、
冷や水かけんなやって思ったりするわけで。
まあ、どっちもどっちなんでしょうけど(笑)。
by:gizmo | URL | #-【2006/05/24 10:18】 [ 編集] | page top↑
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