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増上慢
たとえば、だれかが僕をつかまえて、
「あなたは増上慢だ」と言われれば、
「おまえこそ増上慢だ」と言い返すだろう。


ところが「増上慢」という単語を使わなくても、
相手にそう思わせるような言葉がある。
そして本人は「増上慢」という単語を
使っていないから安心しているのかわからないけれど、
相手に対してそれと同じ意味の発言をしていることがある。
たとえ、本人がわかっていなかったとしても…。


普段、ご大層なことを言っている人が、
皮肉にもとれる言い回しをすれば、
「こいつ、皮肉のつもりでわかってて言ってるな」
と思わせることとなってしまう。
わかってて言ってると思っていると思えば、
僕だってわかってて言うことを返すだろう。
相手がわかっていないで言っていれば、
僕の言葉に反応することはないだろうからだ。
反応するってことは、わかって言ってた
ということになるだろう。
それとも、自分の言葉には気づかず、
相手の言葉には過剰反応するのだろうか。


「あなたはなにもしていない」
という意味の言葉を投げるのは相手に失礼と思う。
どんな涼しい顔をして、すましていたって、
生きていて苦しくない人なんていない。
困難と戦ってない人なんていない。
誰かの痛みを知って平気で知らんぷり出来る人だとでも
思ってるのだろうか。
それは相手に対しての想像力が
ないのだろうとさえ思ってしまう。
「傷ついてるのはあなただけじゃないですよ」
と言いたくなってしまう。


あなたのは強者の意見だとか、
あなたは傷つけられた人の気持ちを
わかっていませんとか言うけどさ。
それこそ決めつけてないか?


本当に僕のことを、
なんの苦労もせず、
なんの困難も経験せず、
傷ついたこともなく、
上から見下ろしてるだけの、
強者だと思っているのかしら。
想像力足りないんじゃないの?


寄り添う私は暖かい人だと自己陶酔に浸り、
自分の基準で寄り添ってないと
勝手に判断した人に対して、
寄り添うべきですという正義を振りかざす。
寄り添うフリならなんぼでも出来る。
オナニーのために寄り添ってるなら、
きっといつか「のに」がでる。
「私はあんなにしてあげた『のに』」とね。


実はこの感情の延長線上に、
たとえば、やみくもに組織に引き留める
学会婦人部の心ない行動がある。
本人の本質が何も変わっていないなら、
学会正義だろうと学会不正義だろうと同じだ。
御本尊のすげかえをしただけだろう。
創価学会からもアンチからも、
学んでいるフリをしているけど、
なんにも学んじゃいないんだ。
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【2006/06/27 11:02 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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