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『いわゆるA級戦犯』
小林よしのり『いわゆるA級戦犯』を読んだ。
まあ、靖国神社は一宗教法人に過ぎないし、
靖国神社の「分祀」の解釈を、現代において、
靖国神社の外部に通用させるには
無理があるだろうとは思う。
小林よしのりの靖国神社観、神道観に関しては、
諸手を挙げて賛成するわけじゃないけれど、
日本のため、アジアのために戦った
先人を尊敬する気持ちは理解出来る。
言っとくけど、
僕は小林よしのり信者じゃないからね(笑)。


僕はいわゆる東京裁判に対して、
徹底的に調べようなんてことはないけれど、
興味を持ち続けてはいるので、
いわゆるA級戦犯のプロフィールを
わかりやすく再確認出来ておもしろかった。
あの戦争や戦前戦後のこと、
プロパガンダというもの、
アメリカという国、
日本という国、
アジアと欧米、
一国のリーダーのありかた、
日本のこれからのありかた、
そして宗教というもの…。
そんなことを考えるためのきっかけとして、
『いわゆるA級戦犯』はオススメです。


東条英機って、ものすごく評判が悪いけれど、
やっぱり同情する面は大きい。
官僚は官僚だったのだろうけど、最後には
覚悟を持って使命をまっとうしたと言えないだろうか。
広田弘毅なんて、とばっちり受けただけじゃないか。
気の毒としか言いようがないよ。


そういや、NHK大河ドラマ『山河燃ゆ』の原作である
山崎豊子『二つの祖国』を読んでみるのもいいよ。
これは「二世」ということを考えさせられる。
アメリカに渡った日系二世三世の戦時中の苦労、
東京裁判の欺瞞、そして原爆。
苦しむのはいつの時代も末端…。
もちろん小説だけれど、オススメです。


さらにそういや、この『東京裁判』っていうDVDを観て、
A級戦犯として裁かれる被告の面々の素顔を見ながら、
素直に「立派だよなぁ」って思ったりもした。
そうそう、大川周明の、東条の禿頭ペチンも映ってるよ(笑)。


僕自身も、一度は国粋主義的に揺れたけど、
現実的には、今はもうアメリカ51番目の州に
なるしかないんじゃないか、なんて思ってる。
ポチだけど、ポチのまま朽ち、朽ちたら、
そうなったときに考えるしかないんじゃないかと。


日本の立派な精神は、アメリカによってもう既に、
100年かけて壊されちゃったんじゃないか。
僕の中に、立派な日本人はもう居ないんじゃないか。
アメリカ流の浅はかな個人主義はいるけれど。
それはみんなも同じじゃないか。


たとえば、政治のフィールドだけに限らず、
経済のフィールドにも、文化のフィールドにも、
「日本人の誇り」を持ったリーダーは
もう一人もいないのではないか。


明治の志士にも、いわゆるA級戦犯にも、
戦後のモーレツ世代にも、
申し訳が立たないけれども、
僕らは性根までアメリカ流に腐ってる。
命をかけて守るべきものも、
蹂躙されて怒りを感じることも、
僕らは失ってしまったんじゃないか。


守るべきものを取り戻せ!なんて、
言えないよ、もう。
地域社会だって、家族だって、
もう壊れちまってるんだ。


…創価学会くらいしか残ってないんじゃないか?
なーんんてね(笑)。
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【2006/07/06 14:22 】 | オススメの本とか | コメント(17) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
--壊れてしまったなら--
新たな価値を創造するしかありませんやね。

>そういや、NHK大河ドラマ『山河燃ゆ』の原作である
>山崎豊子『二つの祖国』を読んでみるのもいいよ。

「山河燃ゆ」も観ましたし、「二つの祖国」も読みました。
さらに、城山三郎「落日燃ゆ」もお勧めです。
広田弘毅を主人公にしてます。
新潮文庫というところがあれですがw
by:にっし~ | URL | #OF4bp5hE【2006/07/06 17:14】 [ 編集] | page top↑
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今日は、韓国系の教授が韓国法に絡めた講義がありました。
その中で、韓国人というのは、法律は軽視するけど、道徳に対しては重視していて、かつ行動に表すことを要求するとのこと。

なるほど、竹島問題や靖国問題はそういう国民性から来るのねぇって感じました。

彼らには、法的な論理よりも、彼らの道徳的観点から責めた方が効果的なようです。
なかなか、難しいんでしょうけどw
by:にっし~ | URL | #OF4bp5hE【2006/07/07 21:57】 [ 編集] | page top↑
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さっきついでに「落日燃ゆ」もアマゾンで注文しました(笑)。


法的な論理が大切ではなく、道徳的観点が大切な国もある。
儒教的で封建的な道徳って、やっぱヤダって思っちゃうのは、
なんというか、僕がアメリカの毒に犯されているのかもしれん(^^;


結局、各民族、各国家、すべて常識が違うんですね。
よく学会で言われることだから眉唾に思われるけれど、
宗教観のない政治をして平気な顔をしてるのは日本くらいなもんで、
これって特殊だということを理解していなければならないと思うんですよね。
政教分離だなんだかんだと言うけれど、
今、政治に欠けているのは、根本の哲学だと思うんですよ。
僕が個人的に思っているのは、政策論争より、もっと根本の、
この国のありかたとか、この国の目指すものとか、
そういうことをもっと議論するべきじゃないかな、なんて思う。


だから、僕的に理想を言えば、公明党以外にも
宗教色の強い政治団体が出てきて欲しいですよ。
そして、宗教や哲学の部分をガンガン語り合って欲しい。


宗教に対してアレルギーを持っているのは、
日本人くらいなもんだという自覚をするべきだ。
近代国家であろうと法治国家であろうと
欧米に行けばキリスト教的価値観が当たり前だし、
イスラムに行けばイスラム教的価値観が当たり前。
まあもちろん郷に入っては郷に従えだし、
随方毘尼であるから日本は日本の政治をしてもかまわんけど、
宗教というか哲学が日本から消えてしまったから、
日本がおかしくなっているのではないか、と思っちゃう。


なんだか「これが正しい」という思いを抱えていると、
「対話」が出来ないという人がいるけれど、
もしそうなら、国際的に「対話」なんて出来ないと思うよ。
双方に「正しい」があるのは当たり前で、
それを「対話」によって止揚していくのが、建設的だと思うけどな。
by:gizmo | URL | #-【2006/07/07 22:48】 [ 編集] | page top↑
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>よく学会で言われることだから眉唾に思われるけれど、
 宗教観のない政治をして平気な顔をしてるのは日本くらいなもんで、
 これって特殊だということを理解していなければならないと思うんですよね。

うんうん眉唾眉唾。これって特殊なん?
なんでもありいが日本の宗教観やと思うねんけどな~。
それは、おかしいって言われても、そんなもんやでって言いたい。
かまどやら、トイレやら、玄関やらにそれぞれ神さんがいてるんやで。
お寺と神社が一緒にあったり、仏壇と神棚が仲良くしてたり
 
それが、日本の宗教観ちゃうんかなあ?

こんだけ神さんが一杯いてて、喧嘩せえへんって日本だけやで。
by:三九郎 | URL | #-【2006/07/07 23:24】 [ 編集] | page top↑
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>gizmoさん

まぁ、韓国が法を軽視するというのは、植民地時代のトラウマみたいです。
普通、法というのは規範であり、特に国家権力を抑制する手段です。
でも、植民地にとっては、宗主国の支配のツールなんですよね。

>だから、僕的に理想を言えば、公明党以外にも
>宗教色の強い政治団体が出てきて欲しいですよ。
>そして、宗教や哲学の部分をガンガン語り合って欲しい。

本当に、そう思います。
おかげで、いつまで経っても、政教分離の誤解が解けませんし。
特に、キリスト教系に頑張って欲しいものです。
宗教政党を生み出した本家なんですから。

>三九郎さん

世界から見たら特殊なんですよ(^^;

>こんだけ神さんが一杯いてて、喧嘩せえへんって日本だけやで。

悪く云えば、いい加減で芯がなく、モラルがないように映るんですよね(^^;
by:にっし~ | URL | #OF4bp5hE【2006/07/07 23:49】 [ 編集] | page top↑
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どこに映ってるんやろね。

特殊な国やったんやろ、昔から。黄色いし。
でも黄色いまま自信もって世界と対話してた頃もあるやん。
昔からの哲学が否定されたから、おかしくなってるんやろ?
by:三九郎 | URL | #-【2006/07/08 00:16】 [ 編集] | page top↑
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これはアメリカが壊したんやない、日本人自身が壊したんや。
僕らがな。
by:三九郎 | URL | #-【2006/07/08 00:19】 [ 編集] | page top↑
--日本人である当事者意識を棚上げしてw--
「日本の神様」という文脈で話すと、
日本の土壌ってアニミズムで、
全てのものを擬人化して神を宿らせるんですね。
正直僕は、嫌いじゃないんですけど(笑)。
やっぱそういう意味で、
汎神論的立場の真言宗って結構好きです。
強い価値観が外から入ってくると、
それを受け入れて、飲み込もうとする姿勢もある。


今思いついたことだけど、
日本っていうのは女性的なのかもしれません。
凹凸で言えば凹側であって、受け入れる側。
そもそも「自分」ってものがなくて、
つきあってる男性によって変わってしまう。
中世までは中国っていう男しか知らなかった。
江戸時代は誰ともつきあってないフリーだったな。
戦前は主にヨーロッパにラブレター出してた。
対等におつきあいしてたと思ってたんだけど、
自分が思いこんでただけだった。
裏切られたから、泣きながらビンタをしたら、
髪の毛を掴んで引きずり回され、殴られ蹴られた。
ボロボロに傷ついて、やけっぱちになりかけたとき、
その暴力振るった当のアメリカが抱いてくれた。
暴力を振るわれた後に優しくされるのが、
女性的日本の心理にはまったんだな。
そして今もカレシはアメリカなんだな。
まあ、日本だけがそう思ってて、弄ばれてるのかもしんない。
……うーん、自分で書いててもヒドイと思った(^^;


さて、僕がいつも相手に対して
「君の持っている信念はなに?」
ということを聞きたくなるのと同様に、
世界は「日本国の信念はなに?」
と言いたくなるんじゃないかな、と思う。
国際社会において、
「信念がないことが信念です」と言ったって、
「はぁ?」って感じだと思うんだよね。
「show the flag」って旗幟鮮明にせよってことだし。
国際社会においては、日本って、つまり、
「女の腐ったの」的な認識をされてるかもしれない。


世界を相手にフェミニズム運動でもしますか。
いや「女性にも権利を」と訴えたのと同じ構図で、
「黄色人種にも権利を」と訴えたのが、
先の戦争だったのかもしれないな。
by:gizmo | URL | #-【2006/07/08 10:16】 [ 編集] | page top↑
----
当事者であることは認識してます。
by:三九郎 | URL | #-【2006/07/08 21:28】 [ 編集] | page top↑
--21世紀は女性の時代だ!--
って今更~なキャッチフレーズ。

21世紀は日本の時代であるってことだ。

天照大神だって女性だし、卑弥呼だって女性だ。

定冠詞つけたら(つけないつけない)女性名詞でもいいかもゲイシャガール。


白人が有色人種にはじめて負けた戦争、日露戦争から1世紀と少し。

いやチンギス・ハンはどっちだ?

信教の自由を保証してうまくやったんだよね元って。

元が衰退していったのは、後期の皇帝が特定の宗教(イスラム他)に懲りだして、結局ぐじゃぐじゃになっていくという歴史は繰り返す。閑話休題。


創価学会のような大所帯、いろいろな人がいる。

そんなことはわかっている(はず、だよね)。

日本人はそれ以上の大所帯。もっといろいろな人がいる。だよね。

島国根性そのものもいれば、そうでない人もいる。どちらかというとそういう傾向があるかもしれないけどね。

感覚だけど、創価学会って島国根性っぽくね?

それに女性的じゃない?

それで21世紀は女性の時代。つまり創価学会の時代。え?


という輪廻転生。がはは。
by:歩 | URL | #NJs7.fVo【2006/07/08 22:18】 [ 編集] | page top↑
--表現のしかたの違いかな--
現地の方で、学術的人物的にも信頼尊敬できる方の講義は楽しいものです。特に自分と違う土壌であればあるほど面白いことが多い。

ひとつの分析的「傾向」をもって全体概要をとらえるのは非常に効果的合理的な場合が多いと思う。ただ、それをもって全体を規定するようにとらえるととんだ見当違いや失礼にあたる場合も多い。これでは学生レベルのような。実社会では注意しなければならないと思う。傾向はあくまで傾向として認識して、考察したり言動したいものであります。自省をこめて。


実社会には百戦錬磨の輩がうようよいる。私のまわりにもうようよいる。私が好きなヤツばかりではない。でも見習うところは随所にある。

百戦錬磨って、単に経験が豊富というだけではなくて、自分の足りないところをよく知っている。そして、それをカバーする方法を身につけていたり、それ以上に自分の足りないところを補ってくれる人が誰なのか、その人はどうすれば喜んで自分の足りないところを補ってくれるのかを熟知し身につけ、実行できているんだよね。


内田樹のブログに、自分にとって「その人がいなくては生きてゆけない人間」の数が増えることが「成熟」である。とあった。

http://blog.tatsuru.com/archives/001817.php

言いえて妙である。つい頼っているようようで、その数が多ければ多いほど強いと思うよ。

池田さんなんか「その人がいなくては生きてゆけない人間」が数百万人もいる成熟した人物なんだよ。これが人間の器。自分の器以上の組織は維持できないとはことことだと思うよ。

リーダーが、例えば自分を例に取ると、社長として社員は「その人がいなくては生きてゆけない人間」そのものなんですよね。株主も。自分の家族も社員の家族も顧客もその家族も。「こいついなくてもいいや。」なんて思ったら、それだけ「その人がいなくては生きてゆけない人間」が減るわけ。それは結局、自分の器が小さくなる「傾向」に向かっている信号。で、こちらから「もいいいや」なんて思うのは、たいてい「この社長がいなくても生きていける」って思われているんだよね。こちらが「その人がいなくては生きてゆけない」て思ってても、「こいついなくても生きていける」って思われてるか。がはは。閑話休題。(つづく、携帯アクセス対策?)
by:歩 | URL | #NJs7.fVo【2006/07/08 22:21】 [ 編集] | page top↑
--もれなく高度にパッケージ化されている--
gizmoさんが何度か述べていたと記憶しているが「創価学会は社会体験がパッケージ化されている」(歩の解釈主旨。違ってたらご教授お願いします)って、これ見たとき、なるほどな。そうだね。このニーズというか、こういう組織集団が必要であったり欲する人はそこそこいるだろうな。と思った。

信仰という思想なり哲学なりの枠をゆったりとかけ、その中でコミニュケートなり社会成長していく経験を積む。社会参加つまり生きがい創出きっかけツールみたいな。


特にそのような枠の必要でない人は、枠なんか作らずどんどんコミニュケートしちゃえるんだと思う。相手が日本人だろうがアメリカ人だろうが嫌いなやつだろうが考えの違うやつだろうが、接点を見つけたり、自分のポジション(アイデンティティ)を確立できる。でも、なかなかできない人もいる。

創価学会に限らず、様々な宗教やグループや地域や会社、枠はいろいろあるんだけれど、まあおせっかいというか尻たたきが好きなのが創価学会なんじゃないかと思う。


但し、会社などの枠でしなきゃならないことをほかして、ヌクヌクとした居心地のいい枠(そりゃそうだ、心が同じベクトル向いているんだもの。お庭とも呼ぶ)へ行ったり、家庭や友人仲間のローカルルール枠に自分のお庭ルール枠を無理にあてはめようとダダこねると、軋轢あるのは目に見えている。仕事は軋轢ではすまないか。家族友人地域などの人間関係も。

そこのサジ加減じゃないかと思う。お庭が創価学会を指しているのではなく、アンチ創価学会なんてのもひとつのお庭だ。座禅もお庭だ。キリスト教も日本もアメリカも北朝鮮もみんなお庭だ。ようはお互いに。ということ。
by:歩 | URL | #NJs7.fVo【2006/07/08 22:23】 [ 編集] | page top↑
--「信」は動いて「愛」となる。--
オラ枠いらね、そん時そん時作るから。ってのが私の実践したいタイプかな。


今の創価学会、そんなにイヤならやめればすむのに。と、いつも思ってしまう。

その人その人の状況や背景や歴史があるのだろうから、単純に言っては叱られそうだけれど。


純な信仰であるならば、ひとりでもいつでもどこでもできると思う。(あ、ヤベ。これなんか歩のルール枠だよね)

組織なんかやめて、自分でつくっちゃえばいいじゃん。

組織抜けたんだから自分ルールで、よしこいつのためになんかお手伝いしよう、同苦しよ同悲しよ(ん~するって表現でいいのか?)、お題目送ろう、とか同じことすればいいのでは。

座談会自分でやるとか。ミニ座談会。ふたりでOKってことで。ちょっと冗談が過ぎた?
ついでに、例えば、三九郎さんと犬のメメさんっているじゃない。別の思想(そりゃあたりまえだ)だろうし、別の宗教観をもっているじゃない。でもやってること。創価学会活動とよく似てるジャン。ちゃんと部員さん回りして、座談会して、同苦してる。してる? 新聞勧誘と選挙活動してないだけじゃん。今のところ。え?それが大きな違いって?


冗談はさておき。いざという時に上で述べた「その人がいなくては生きてゆけない人間」をね、どれくらい増やせるか。これが修行なんだろうと思うよ。相手のことをよく知らないと、そして自分のこともよく知らないとできないことだと思うんですね。

その集大成が折伏だと思うんだよね。実践行として。

折伏が大切なんだよ一番。相手のことをよく知るってことだから。押し付けても絶対うまくいかない。自分のことよく知らなきゃできない。自分のこと棚に上げたり、エラそういったり、かといって卑下したり、じゃ絶対うまくいかない。

折伏で悩んでるんだったら、座ってみるのもいいかもよ。南無妙法蓮華経と座禅をしてみりゃいいんよ。そして法華経を誦んでごらんよ。急転直下、折伏ができるようになるかもよ。

さて、ここで問題です。これで南無妙法蓮華経と唱える人がでたら、私は折伏1になるでしょうか。


本題に戻って、創価学会の方も、自分にゃたくさんいるって安穏としないで、「その人がいなくては生きてゆけない人間」を増やさなきゃ。つまり、逆に「自分がいなきゃ生きていけない人間がいるか」ってことだと思うんですよ。

give and take じゃなくてね。ばーんとそのまま飲み込んだほうが味わい深い。


必ずいるよ。

創価学会でも、そうじゃない人でも、必ずいる。

生きてりゃ思いもかけず素敵な出会いや、感動や、なんか悲しいことや嬉しいことあると思うよ。

自分の道を自分で歩くってのは、どんなにひとりぼっちだって思ってみても、きっとひとりじゃないよ。

誰かがちゃんと見ててくれるよ。そう信じている。
by:歩 | URL | #NJs7.fVo【2006/07/08 22:43】 [ 編集] | page top↑
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: | | #【2006/07/09 00:13】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2006/07/09 01:29】 [ 編集] | page top↑
--歩さん--
うんうんうんと納得して読みました。
私もそうだと思います。


…と感想だけになっちゃいましたが(;^_^A
by:ナウシカ | URL | #Eg7g1qX.【2006/07/09 09:29】 [ 編集] | page top↑
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殺人国家中国を支持し、台湾の独立を支持しきってない創価学会に昔の日本人の感性は残ってないと思いますね。あるいは台湾を支持しているのでしょうか?そうだとしたらあやまります。
by:スピーカー | URL | #-【2007/02/25 00:09】 [ 編集] | page top↑
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