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なんで勤行しないんだろう
勤行していてふと思った。
御本尊というのは自分の心を映す鏡なんだよね。
勤行すると良いということはわかっているのに座れないのは、
魔の所作とかなんとか言われるけれども、
結局、自分の人格や心を鏡に映して
確認するのがイヤなのかもしれないね。
容姿に自信がない人は、鏡に映った自分を見たくないものじゃないか。
自分の発してる声を録音して、その声を聞きたくないのと同じ。
デブは客観的にみてもデブだけど、
本人はデブだと言われたくないし、
鏡をみてデブだと確認したくない。
自分の心に自信がない人、自分の振る舞いに自信がない人、
そんな人は心を映し出す鏡を見たくない。
「そんなのわかってるよ!」って叫びたくなるわけだ。


でも、なりたい自分になろうとするなら、
まずは今の自分を知るところからはじめなくてはならないんだよな。
自分と自分を取り巻く環境を、正確に把握すること。
現実から目をそらさず、ひいきせずに自分を評価する。
そして、自分に今なにが必要で、どうすればいいのか考える。
学会員にとっては、それが御本尊の前ということなんだよね。
紙幅の御本尊が願いを叶えてくれるわけじゃない。
ただのツールなんだよ。


だから、独自の「なりたい自分になる」プロセスを持っている人には、
もしかしたら創価学会の哲学なんて必要ないかもしれない。
だから、そんな人は折伏したいとも思わない。


あっ、もしかすると、座らないのは、
既に「なりたい自分」になってしまっているということなのか。
いや、そうでもないな……不平不満をこぼすんだから。
不平不満をこぼすなら、いいからまず座れ、ってことになる。
でも、それだと話が終わっちゃうからつまらない。


ああ、なるほど。
アンチって、こういうことを指摘してるのかもしれん。
愚痴をコネコネ考えるのって楽しいもんね。
酒飲んでくだをまくの、俺も好きだよ。
いやまあ、楽しいんだったらいいんだけど、
本当に苦しいんだったら座れば? って思っちゃうんだよな…。
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【2006/09/11 09:28 】 | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
<<やめたいならやめさせてやりゃいいじゃん | ホーム | 自力門と他力門>>
コメント
--なんだかな--
サラリーマンの世界では仕事帰り飲み屋での会話の大半が、会社や上司・部下の愚痴を肴に会話が弾んでいる。

ご近所では、ご婦人方が隣近所の愚痴を、おやつに延々と井戸端会議に花を咲かす。

日本人て元々好きなんですよね
自分のことを棚に上げて、人のことを愚痴るのが・・・

楽しければ良いんですよ 楽しければね
でもほとんどが逆にストレスためるみたいですね。

人のふり見て我がふり直せ
明日は我が身 等々
ことわざがありますが

自分が変わろうと思えば、他人の弱点グチグチ言うより、エエとこ盗まんとね。
by:にい | URL | #/pdu0RA.【2006/09/12 09:34】 [ 編集] | page top↑
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