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代理出産問題から連想したことと願兼於業
誰にも望まれずに生まれてきた人は存在しないと思う。
少なくとも母親には、望まれて生まれてきたはずだ。
そうじゃなければ、母親という存在は、
お腹の中で育てることを、何ヶ月も
耐えられるものじゃないと思うんだ。
僕は男だから想像するしか出来ないけれど…。


だから、今生きている人みんなに対して、
「親に愛されずに育った」なんて
思って欲しくないわけだよ。
自分が子供の頃の、親の振る舞いをほじくり返し、
幼少時に虐待を受けたから今こうなった、
なんて言って欲しくない。
そんなことを言って嘆くのは、
甘えにほかならないと思う。


親だって完璧ではない人間だよ。
胸くその悪いときは理不尽に子供に当たることもある。
それが短期の場合も、長期にわたる場合も。
人間だから思ってもいないことを口走ることだってある。
「あなたなんか生まなければよかった」
そんなひどい言葉を放つことだってある。
人間の心の状態は、瞬間瞬間で変わるから、
本心じゃないことだって言ってしまう。
でも、そんな言葉を吐いたあと、
ひっそり後悔しているものだと僕は思う。


少なくとも、母親はお腹の中で数ヶ月間、
自分を抱えていたというのは紛れもない事実だ。
その間、母親はなにを思うのだろう…。
親に傷つけられたと主張する人は、
それを想像出来ないのだろうか?


虐待を受けたと思いこんでいる人は、
その問題の親の行動が、
たとえばたまたま思春期だったとか、
きっと、ただそのタイミングが悪かっただけだ。
現代は、心理学というニセ科学の権威が、
なんとかハラスメントだのPTSDだの、
安易な自己正当化の理屈を与える。
それは邪悪な宗教のようにまとわりついて、
一人ひとりを弱くさせている…。


なぜ許してあげられないのだろう。
なぜ感謝することが出来ないのだろう。
親を憎んでなにが生まれるのだ?


もちろん、人間だから、
そう思ってしまう時期もあるかもしれない。
でも環境や育ちを嘆き続けても、不幸になるだけだ。
それを断ち切るのは、自分自身…。


僕は、生まれてこれただけでラッキー、
今、生きていられるだけでラッキー。
そう思い続けていたいなあ。
自分をとりまく全てのものに感謝したい。
僕は志願して生まれてきたと信じて、
一日一日、生きることを大切に出来たらいいな。
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【2006/10/17 14:05 】 | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
--こんばんは--
ギズモさん、こんばんは。
私も父の酒乱の時は虐待受けましたよ。
でもねぇ、母が出来た人間なんで、当時恨んだことあったけど、普段はいい父なんで、ひきずりないですねえ。ちなみに、元旦那にも、瞬間、このやろう、とか感じても恨んでまへん。
感謝はあっても。
いい勉強になりましたもん。
ネットで書いてんのは過去の感情ですね。
今は、私ももうしわけない、ありがとう、赦す、だけかな。
信仰のおかげですね。(^_^)
何でも成長の糧になるもん。
次の波に備えてます、今は。
もう波きてるし。
by:ほしのしずく☆ | URL | #-【2006/10/19 19:14】 [ 編集] | page top↑
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