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陰口が大嫌い
僕が嫌いなものは「決めつけ」と陰口だな。
言いたいことがあるなら、本人に直接言うのがスジだし、誠実だ。
本人との対話も無しに、どっかの権威に当てはめて、
「こんな人」と決めつけ安心することが大嫌いなんだな。
最初「あの人はこうなのかもしれない」という推理だったものが、
本人のいないところで言い合うことで、確信に変わっていく。
「あの人はこうに違いない」となる。


創価学会に対する、また、学会員に対する
「決めつけ」が生成されるプロセスも同じだと思う。


アンチの人は「押し付け」と「迷惑」を問題にするけれど、
そんなことはたいした問題ではない。
なにかを押し付けられても、こっちだって押し付けることはあるし、
迷惑かけられたら「貸しが出来たね」と笑えるからいいのだ。
人間関係が健全であれば、そんなことはちっとも問題ではない。
そして、人間関係を形成するのは本人の努力であり、
すべてはその本人の責任だろう。
「押し付け」にしろ「迷惑」にしろ、
そこには双方向のやりとりのチャンスが存在する。
抗議するチャンスだってあるし、断るチャンスもある。
そのチャンスがあれば、僕はフェアだと思う。


ところが、陰口はアンフェアだ。
ただ一方的に、対象者の悪い印象を増幅させる。
そこに、本人が説明するチャンスは存在しない。


実は、陰口の延長線上に「いじめ」がある。


アンチがもっともらしく創価学会問題と称して
ネットで語ることのほとんどが陰口といえるだろう。
その問題に関わる学会員本人がいない場所で、
その人をおかしな学会員だと決めつける。
その人が説明をするチャンスはない。
そのケースの背景だってわからない。


本来は本人がいる場所で、フェイストゥフェイスで
直接やりあって解決しなくてはならなかったことを、
現場に居なかった事情をよく知らない人の前で、
自分に都合の悪い情報は伏せたり、都合良く捏造したりして、
自分を有利に説明し、自分に対する同情を引きだす。


しかも、もっともらしく陰口を言っている人には、
そんな行為だという自覚がない。
自覚があれば、まだ許せる。
「陰口になっちゃうんだけどさ…」みたいに前置きするなら、
まだかわいげがあるし、独善に陥っていないように見えるな。
それでも頻出するんだったら、やっぱ卑怯だと思うだろうけど。


もちろん、陰口を言ってしまう傾向は僕自身にもある。
これのことは「己心の魔」と呼び、滅ぼしてやりたいね。
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【2006/10/30 20:34 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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