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本幹行ってきましたよ
昨日、本幹見てきたんだけどさ。
今回の池田名誉会長のスピーチは良かったよ。
まあいろいろ言われるけれども、素直に聞けば、
彼が一番大切に思っているのは学会員のことなんだよな。
幹部のことではなく学会員のこと。


上に行けばいくほど厳しいのは、学会では当たり前。
上に居る者ほど、下の者が挫いてやらなきゃなんない。
たとえば、池田名誉会長があの場所で、
会長や理事長を叱咤しないでいたほうが、
その品性は保たれ、批判されることもないだろうな。
品性を落とすと思われてもなお、
会員一人ひとりに伝えたいことはなにか。


彼は民衆の一人として、会員の一人として、
最高幹部に対する姿勢をデモンストレーションをしている。
役職や年齢が下だからといって上に対して卑屈になることはない。
出来ることは堂々と出来ると言い、
やったことは堂々とやったと言えばいい。


池田大作をどうでもいいと思っている外部ならいざしらず、
師匠として仰いでいる学会員ならば、
その振る舞いのメッセージをつかみとらなきゃならんのじゃないか?
彼が激しく叱咤するのはたいてい上の者だ。
そして一人厳しき寒風に立つ下の者を賞賛し激励する。
その姿勢を貫き通していると感じられないの人は、
無理矢理うがった見方をしているからだろう。
「問題意識を持っている人」だと、
ちやほやされたいだけじゃないのかな。


(最高幹部に対しての、名字呼び捨て、命令形での厳しい一言には、
重みがあったし愛があったと、俺は感じるけどな。
あの態度を「傲慢」と感じるのは、ちょっと見方がおかしい気がする。)


「こんな創価学会をつくったけど、どう?」
無邪気にそう語る名誉会長の姿から感じられるのは、
戸田城聖への、また僕ら一般会員への、報告なんだよね。
僕は彼のこんな姿勢に「謙虚」を感じるけどな。


創価学会という組織自体が、池田名誉会長の作品なんだろう。
池田大作という人間が一生をかけてつくった
創価学会というリアルなドラマであり、
彼自身が苦労して真剣に生み出したものなのだろう。
それを「こんなもんだけど、どう?」って言っちゃえるところが、
人間としてのかわいらしさなんだと思う。
僕は、うやうやしく作品を説明する芸術家って嫌いでさ。
「別にすごくもなんともないんだけどね」ってな姿勢で、
すごい作品をさらっと出すような芸術家が好きなんだな。


池田大作という人は、自分の好きな学会を、
苦しんで作ったけれども、きっと楽しんでたんだろうな。
もし、もう一度生まれてきて、もう一回やれって言われたら、
嬉々としてもう一回やるんだろう。
つまり、悔いはないんだと思う。


僕ら一人ひとりも、今使える自分自身の、
一つの人生を使ってなにが出来るか、
それを意識しながら生きていきたいよな。
「あー面白かった」
って思って死にたいと思う。


池田大作という人は、そう思って死んでいくんだろうなって思ったよ。
自分に与えられた一身を燃やし尽くして、目一杯楽しんで死んでいく。
実は、日蓮にも共通してることだし、
僕らにだって出来ることなんだよな。


自分の居る場所で、自分の生を使って、
自分の作りたいオリジナルの作品をつくること。
それが、よりよく生きるってことなんじゃないかな、なんて思うよ。
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【2006/11/14 04:16 】 | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
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>(最高幹部に対しての、名字呼び捨て、命令形での厳しい一言には、
>重みがあったし愛があったと、俺は感じるけどな。
>あの態度を「傲慢」と感じるのは、ちょっと見方がおかしい気がする。)

僕も、信頼の証だと思いましたけどね。
たぶん、今の僕であれば、眼中に入れてもらえないか、厳しい言葉をかけたら危なそうと思われそうですねw
by:にっし~ | URL | #OF4bp5hE【2006/11/14 18:44】 [ 編集] | page top↑
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