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「民」一人ひとりがリーダーの覚悟を持つ時代
ワタミの社長はなかなか立派だなと思うんだわ。
少なくとも、愚痴の人ではないと思う。
この記事は最近俺が考えてることと、結構近い。
歩さんなんかは面白いと思うんじゃないかな?


http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/nbonline.cfm?i=2007062200021cs&p=1


なにを「官」にやらせ、なにを「民」がやるのか。
今まで「官」だったものをどうやって「民」に移行するか。
それを具体的に考え、実行していこうという意識を、
俺たち一人ひとりが持っていなきゃならんのだと思うわ。


まあ、本気でそれを変えたいと思っているのならば、
いろんな意味で、やっぱ偉くならなきゃダメだね。
個人レベルで、力を持つこと、磨くこと、をしないとあかん。
力を持とう、偉くなろうと思わないなら、
文句言ってるだけの人であって、
つまりは変えたいなんて思ってないんだよ。


日本人一人ひとり全員が経営者のメンタリティを持たなきゃならん。
それが自由と責任をあわせもつ個人主義だと思うんだな。
今の日本の社会は、一人ひとりにこれを要求するから、
従来の賃金労働者的なメンタリティを是として生きていると、
そのギャップによって愚痴っぽくなり、社会を恨み、
精神を病むのではないか。


僕は経営者のメンタリティと言ったけど、
それはつまりリーダーのメンタリティと言ってもいい。
「誰々がこうしろって言ったから」なんていう言い訳をしないこと。
自らが考え自らが選び自らがその結果の責任を取ること。
またその覚悟を持つこと。


まあ、タフじゃないとやってけないと思うよ。
だから「タフになろうぜ!」と呼びかけるしかないでしょう。
それが慈悲ってもんだと思う。
脱落者を出さないために「頑張れ」「負けるな」と
言い続けるしかないんだと思うんだがね。
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【2007/06/22 18:30 】 | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
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gizmoさん、ワタミの渡邉社長にはまだお会いしたことも生の講演等も伺ったことはないのですが、書籍はいくつか(直近は「論語」の本)読んでおります。経営者関係のスピーチや講演などではよくハナシが出てきますね。
また本でも買って、おおいに触発されようと思います。ご紹介ありがとうございました。


1年半くらい前、ある若い方(ある共通項があってブログ友だちになった)のブログのコメントに偉そう書いております。

本記事とちょっと似たスタンスです(自己評価)おまけに「ワタミ」、がはは。

http://blog.livedoor.jp/fookoo/archives/50899191.html


経営者だろうがリーダーだろうが、二人以上のグループ、集団、組織であるならば、とにかくトップ以上の部下はいないわけでありまして(トップ以上の部下はその場から去るものです、99%以上。去らないあるいは越えないのなら以上とはいえない)、それでトップは常に学び続けなきゃならないんですよね。怠ると結局地盤沈下させざるを得ないって寸法なんです。

人間いいところも悪いところあるわけです。やはりいいところをどう出していくか伸ばしていくかに、使えるリソースの多くをつぎ込んだ方がより有意義だと思うんですね。


ぐっとこらえるところは歯を食いしばってサ、ニッコリ笑ってエイ!とひとこえ。

ほんと「オトコはタフじゃないと生きていけない。」ですよね。

あとね、打たれている人の力を信じるってことも必要だったりします。

自分がでしゃばって守ろうとして、自分の力不足のために逆に回りに迷惑かけたりしたり。がはは。


そしてレイモンド・チャンドラーのスゴイところは続く

「優しくなければ生きる資格がない。」


「ぬるい」じゃないからね、これを健サンが言うからシビレル。

甘いも辛いもあっていいんよ、臨機応変即断即行よ。
by:歩 | URL | #NJs7.fVo【2007/06/23 17:27】 [ 編集] | page top↑
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