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創価の思想
創価の思想というのは、
すべてのことに自分で自分なりの
価値を見つけ出すことだと思う。
その見つけ出した価値については、
自分が担保し、自分で責任を持つ。
ある他人がその人の価値観で、
自分か見つけ出した価値を評価を下し
蔑んだりしたとしても、それを意に介さない
強い精神力を持ち続けること、
その自分の見つけ出した価値を信じて、
前に向かって歩み続けることを「信心」と言う。


ある人にとってのダイヤモンドは、
ある人にとってのただの石ころとなる。
そのものの本当の価値は、
世間的な評価では計り知れないし、
他人に決められるものではない。
自分が決めることだ。


「なにか」を勝ち取る戦いに一所懸命な人の、
その「なにか」を「くだらない」と評価する人もいるし、
「すばらしい」と共感する人もいる。


僕が思うのは、それがどんなものであれ
「なにか」を勝ち取るために一所懸命に戦ったことは
絶対に無駄にならないということだ。
それを「無駄だ」と切ってしまう人は傲慢とも言える。


学会員はいつだって
「この信心に無駄はない」
と信じている。


どんな山でもいい。その人が「登ろう」と決めた山を
頑張って登ることこそ「信心」の真意がある。
頑張ってその山を登り切ったことを、
他人が馬鹿にしても、耳を貸す必要なんてない。
萎縮する必要も、卑屈になる必要もない。
頑張った自分を讃え、堂々としておれば良いのだ。
笑みを浮かべながら聞き流してもいい。


ものごとに価値を見つけ出すのは、
どこまでいっても自分自身なのだから。
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【2007/08/21 07:01 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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