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依存を憎んで人を憎まず
自分が自分の力で戦えるうちは、とにかく立ち向かって戦おう。
そして本当に傷つき、本当に疲れ果てたときだけ、信じた人に依存しよう。


ここで「依存」という痛い言葉を敢えて使う。
「依存するべきではない」という意思として
(俺の嫌いな「べき」を敢えて使って)。
それでも、どうしようもなくなったら依存してしまう自分の弱さを、
自分に突きつけておくために。
「自分は依存という行為をしてしまう、
口で言うほど立派な人間じゃない」
ということを覚えておくために(意外とすぐに忘れる)。


依存という行為を、俺は憎む。
憎むくらいに思っていなければ、
頼れるものがあるとすぐ頼ってしまう。
「依存してもいい」という甘えは、
戦って勝ち取ろうという気迫がスポイルされる。
戦う気迫が、自分を成長せしめるし、
自分の成長こそが俺にとっての生きるおもしろさだ。


けれど、人として生きている以上しかたのないこともある。
大多数の人間が、依存という行為をしてしまう。
もちろん俺を含めて。


自分を律するために、依存という行為を憎むが、
依存する人間(自分を含む)は許してよいのだ。


依存してしまう人間を許すことが出来たとき、
人間というものを、愛せるようになれるような気がする。
そして、人間を信じることが出来るような気がする。


でも、ひとりで戦えるうちは戦おうぜ。
少なくともファイティングポーズは取ろう。
戦闘中は、依存できるものがあるなんていうことは忘れ、
ひとりで目の前の課題に立ち向かうんだ。
これがまず僕にとっての大切な「かまえ」だから。
それが無くなっちゃったら、本末転倒なんだよ。
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【2005/11/06 16:02 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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