スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】 | スポンサー広告 | page top↑
hedgehog dilemma もしくは free flight
僕自身が針をまとって生きているから、
針をまとった者にしか理解されないと思います。
針を身にまとった者でないと、きっと友達になれません。
そして、僕と友達になったとしても、
針を身にまとっている者同士だから、
ぴったり寄り添うことは出来ないのです。


それでも寄り添いたいと思うなら、
苦しいに決まっています。
もし寄り添うことがあったなら、
互いに血を流すしかないのです。


ambivalentなもの…。


僕は両翼を持っています。
だから単独で自由に飛び回ります。


飛び方を教えることは出来ても、
その者の片翼になることは出来ません。
せいぜい曳行するくらいしか…。


僕は両翼を持った者が好きです。
単独で飛べる者同士、互いを尊敬し称え合うけれど、
お手々つないで飛ぶわけにはいきません。
接触すれば、墜落してしまう。


飛んでこそ、自由なカモメ。
僕のアイデンティティはそこにある。
飛べない豚はただの豚です。


安らげる地面を蹴って、敢えて飛ぶ。
そんな僕であり続けたいのです。
スポンサーサイト
【2005/12/05 14:09 】 | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
<<「日本はダメになった」と言う資格があるか | ホーム | まず「ごめんなさい」をやめよう>>
コメント
--自由なかもめはビジュアルアプローチ--
針を身にまとったもの同士なら
痛い部分と気持ちいい”ピン”ポイントが
わかるのかもよ







by:祥子 | URL | #-【2005/12/07 10:32】 [ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。