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橋本治『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』より
橋本治『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』をヒントに、
俺流に、無理矢理、宗教や創価学会と結びつけてみる。


さて、我々はeconomyというismの支配する
世界に生まれた二世なんですよ。
橋本治風に言えば、宗教の正体はismですから、
エコノミズムとでも言えるかもしれない。


当人が望む望まないは関係なく、僕らは、
「未来への展望」を信じざるを得ないわけです。
世界経済の現状が行き詰まってるのはわかってる。
これは真実です。
世界の経済というものは、
世界が閉じている以上、もう頭打ちなんですね。
でも、それにみんなが気づいたとき、きっと経済は崩壊する。


経済が崩壊すると、どんな混沌がくるかわからない。
だから、現状の経済を無理矢理飛ばし続けるしかない。
金融屋は無理矢理にでも商品を作って飛ばし続ける。
フロンティアのないところに、無理矢理フロンティアをひねり出す。
ヘッジファンドの類は錬金術とも言えるんじゃないすか。


エコノミズムの信者である僕らは、
わかっていてもわからないふりをしなくちゃなんない。
空気を読まなくちゃいけないわけです。
真実を口にするものには、みんなで罰を当てます。
ウソつきに仕立て上げたりして制裁を加えるわけ。
みんな、この秩序を守りたいから。
秩序が守られている方がマシだと考えているから。


こんな「勝ち組」「負け組」という
残酷な二分法の世界に生きながらえるなら、
エコノミズムの信者である
エコノミストになるしかないわけです。
つまり投資家ですね。


それが出来ないと「退転者」となり、
手痛い罰を受けることになります。
エコノミズムの支配する世界に生きている以上、
逃げ場はどこにもありません。


あるとすれば、お金以外の価値観を提供してくれる
カルト宗教くらいなものでしょう。
現実との線引きをしたら仏教でさえカルトです。
それとも山奥に住んで自給自足しますか?


ちなみに創価学会というのも、
エコノミズムという世界宗教の
出先機関だと思えばよろしい。
創価学会は、お金というものを聖域とせず、
教義に組み込んでいるように思います。
それゆえに、現実的な宗教と言えるわけです。


価値を創造する…つまり、錬金術ってこってす。
創価学会のビジネスモデルは確立しているのだから、
まあつまりいわゆる「勝ち組」ですね。
「勝ち組」はエコノミズムの支配するこの世界に置いては、
正しいってことになるわけですよ。


21世紀の現代において、エコノミズムの一端を担えない、
純粋な「宗教」というものは「カルト」と名づけられ、
20世紀中に既に駆逐されたわけです。
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【2005/12/12 16:12 】 | オススメの本とか | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
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【書名】 乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない
[一覧] 書籍一覧 【書誌目次情報】乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない [集英社 2005/11/22] 【シリーズ】 集英社新書三部作 この本の要約 &dagger; &uarr;関連情報 &dagger; 出版社 集英社BOOKNAVI http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.. PukiWiki digital-momonga (PukiWiki/TrackBack 0.3)【2005/12/25 00:06】
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