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学会員の使命
学会員は学会員として、「成仏」を目指さなければならない。
つまりそれは、高みへの階段を昇る過程であり、運動のことである。


具体的に言うならば、「日蓮の教え」というものを一つのモノサシとして、
つまり「御書」を共通のテキストとして、
学会員内で共有しながら、あらゆる他のテキストとぶつけてみて、
アウフヘーベンしていくのが学会員のあるべき姿ではないか。
ときに、そのテキストはナポレオンであったり、
ゲーテであったり、ユーゴーであったりするわけだろう。


うがった見方をしなければ、
学会の「悪書を読むな」という指導は「良書を読め」ということであり、
歴史のフィルターを通して生き抜いた古典を読めということであろう。
今の創価学会は、会員に対して、
日蓮に限らず「優れたもの」「一流のもの」を推薦していることは間違いない。


創価学会が「対話」を強調するのは、つまり、
学会員一人ひとりの中に息づく「日蓮」と、
他の優れた思想家や哲学家とを、自分の中で「対話」させ、
両者の思想を保存しながら、より上位の概念を導き出せと、
学会員に要求している。


また、この「日蓮」と「対話」させるテキストは、古典に限らない。
日々の生活でもあり、仕事そのものでもある。
それはその当人にとって「優れたもの」であり「一流のもの」であり、
古典にも引けを取らない、最高のテキストである。
生活や仕事から導き出せるテキストを、
自分の内なる「日蓮」と対話させ、より良きものとしていくのだ。
その導き出したモノは、一人ひとり違うであろう。
それでよいのだ。


多くの活動家は創価学会を誤解している。
もちろん、活動家出身のアンチもそうだ。


日蓮だけを絶対視する教条主義的態度は、
宗門と別れたことにより決定的となっている。
「日蓮」を技として身につけた後の学会員は、
それを応用して、より知的に、より幅広く、
自分の内外で「対話」をして成長することとなる。


その成長こそが「仏道修行」であり、「成仏」への道であるのだ。
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【2005/12/25 18:10 】 | 未分類 | コメント(3) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
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by: | | #【2005/12/25 19:41】 [ 編集] | page top↑
--へへへ--
gizmoさんこんにちわ。

「その研鑽してきたもんを仕事に活かせや~!」
って、まわりの学会員いじめてます。へへへ。
by:三九郎 | URL | #-【2005/12/26 16:40】 [ 編集] | page top↑
--解釈は相手を選ばない--
そそ、なんでもすべての事象を創価学会的に解釈すればこうなる。

そこでオレはこうする。ってやっていくのがいいと思いますよー。

「だから」ではなく「そこで」って方を個人的に志向しているけど。


これは、なんでもどんなことでも対応できるんだと思う。

答えはいろいろあるけど方法論というか解決策を導くやり方は同じ。

ある面オールマイティなんだよね。

苦しい時も辛い時も嬉しい時もいつも同じってんでないと謙虚とは言わないしね。


「真っ直ぐに、真っ平らに、真っさらに見なさいよ~」つまり

色メガネ外して素直に事に正面向けってのが仏教的な教えじゃないかなって思う。

その中で、自分の信じるものや信じてほしいものを薦めたり語ったりする。

日蓮さんなんかもまさにそうだと感じるけど。

チト激情的でそこも魅力的だったりするけどね。話がそれた。


「いいものはいいからいいんだ」ってのではなくてね。

正しい正しくないなんてのはまわりの人や自然が答えを出してくれるんだと思う。

そしてそれをしっかりと認識して、また次へ進めばいいと思う。


なんて私の仏教的?禅的?解釈。

我見かも。がはは。どーんとやってみよー。
by:歩 | URL | #NJs7.fVo【2005/12/29 17:27】 [ 編集] | page top↑
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