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念仏と法華
以下は俺の印象であり、もちろん我見だ。


念仏信者が阿弥陀如来の大慈悲に包まれていて
安心出来るから大丈夫、思いっきり生きていけるという発想は、
サラリーマンが部長や課長が責任を取ってくれるから大丈夫、
思いっきり仕事が出来るという発想と同じだなぁ、と思った。


んで、法華信者ってのは(まあ、学会員でもいいや)、
妙法蓮華経の当体である自分が、自助努力することによって、
自ら思いっきり生きていこうと誓う発想なんだよな。
自助努力をすることで、諸天をも動かしていく、と。


これって経営者が、自ら責任を引き受け、周囲を巻き込んで、
やりたいことを実現する姿勢に見合っているように思う。
経営者ってのは周囲の助けに感謝しつつも、
自分のやりかたや考え方一つで全部変わると思っている。


コントロールされているということを受け入れた者と、
自らがコントローラーになろうと、もがく者の違い。
そして俺は、もがくところに、生きている面白さがある思っている。


わかりやすいようにズバッと二分するんだけれど、
世の中には念仏気質の人間と、法華気質の人間がいるのだろう。
んで、念仏気質は労働者気質で、法華気質は経営者気質。
大雑把に分けてそんな気がするなぁ。


労働者には上司が居て常に守られているし、
上司の悪口を言ってればいいわけだ。
経営者は守ってくれるものなどなく、自分を信じるしかない。
誰かに守ってもらうことが前提となっている人と、
自らの身は自分で守らなくてはならないと思っている人との
違いがあるんだな。


念仏気質の人間に、いくら「主体性を持て」と言っても、
なんだかんだと理屈をつけては、ラクな方へラクな方へと逃げていく。
逆に、法華気質の人間に、いくら「我を捨てなさい」と言っても、
突っぱねて、やりたいようにやるわけだ。


それでも世間は圧倒的に念仏気質の人間の方が多く、
少数の法華気質の人間に支配されてしまう。
もしその支配を覆そうとするならば、
法華気質に転換するしかないだろう。
だったら最初から法華気質の方がいいじゃん、
と俺なんかは思ってしまうわけだ。
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【2006/01/02 05:39 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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